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不倶戴天

 先王が亡くなったのとほぼ同時刻に王都から離れた田舎の村に大きな光の柱が立った。王の崩御で慌ただしかったため、その村に調査団が辿り着いたのは二、三日後になってだった。その村には生きているものは何一つなかったという。その村に居た者は皆全て光の柱によって消滅した。強大な魔術が発動したのではないかという噂だが、正確なことは何も分からないまま、その村は封鎖された。


「天罰の村……」

 封鎖されてからその村はそう呼ばれるようになった。未だにその原因は掴めていない事、先王の崩御と同時だった事から何か関係があるのではないかという噂で有名だ。

「彼は先王が亡くなる前に、ヴェルメリオからその村の調査を託されたと言っていたわ。ヴェルメリオ自身は王宮で仕事があると言って、その時は同行していなかった。……そこについては私、今は恨んでいないわ。彼が死んだばかりの頃は恨んでいたけれど。憧れの人からの仕事だもの。彼は誇りを持って職務を成したはずだと、時間が過ぎると共にそう思い始めたの。それに彼はヴェルメリオに忘れられない傷を残したはずだわ。自分の指示で部下を殺したのだもの。忘れられない、忘れてはならないはずよ」

 彼女の言い分は分かる。だが、罪を忘れてはならないと語る彼女の目は狂気に満ちていた。

「七年も前の事をどうして今更と思うでしょう?あなたに出会ってから、ヴェルメリオは変わったわ。騎士を辞するように動き出して、そしてあなたのところへ通うようになった。私は許せない。あの男が彼を忘れるのが。彼の憧れていた騎士すら辞めて、笑って日々を過ごすのが!」

 無茶苦茶だ。彼女はヴェルメリオが一生罪に囚われていなければならないらしい。ヴェルメリオの指示の結果、死んだのは事実だがヴェルメリオが殺した訳ではない。全くの無実とは言えないが、彼女の婚約者はヴェルメリオに殺されたのではなく自分の選んだ職で、憧れの人の指示のもと、職務を全うして死んだのだ。


 彼女の一方的な主張はプラータの腹の底を沸々と煮えたぎらせた。黙っていれば良い、そう思っているのにプラータはこの苛立ちを言葉にせずにはいられなかった。

「……あなたは自分が許せないんだ。騎士を辞めさせられなかった、村へ行くのを止められなかった自分が許せなくて自分を責め続けている。そしてその原因となったヴェルメリオ様の事も自分と同じでなくてはいけない、同じ罪に永遠に苦しめられていなければならない……そう思ってる。自分が抱えきれないから、他人にもそうあるべきだと強要してる。あなたはこのままではヴェルメリオ様だけでなく、全ての他人を恨むようになるわ。婚約者の代わりにあなたが行けば良かった、婚約者は死んだのに何故他の人は生きているのか……って。そうして可哀想な自分を慰めるのよ」

 言ってしまった。だが、後悔はなかった。空気の塊が二人の間に積み重なっていくように重苦しい。

「……分かってるわそんな事。でももう止まれないの、何もかも。ヴェルメリオも彼も、愚かだったから、私も愚かになるしかないの!誰も彼も好き勝手するんだから私だけお行儀よくしたって意味がない!私を見てほしい人は、彼は、もう居ないのにお行儀よく全てを受け入れるなんてそれこそ馬鹿のすることよ!」

 彼女は泣きながらそう叫ぶ。忘れられなくて苦しんでいるのだ。忘れる事が出来ず、恨み続ける事でしか生きられない。そうやって恨み続ける事こそが弔いだと信じている。

 床に転がされているプラータは石畳にじわりと広がる水滴を静かに見つめることしか出来ない。

 泣き腫らした女が荒い呼吸をしながらゆっくりとプラータに近づいてくる。

「あなたの言うとおりよ」

 プラータの前に立つ彼女がそう呟いた。

 彼女の腕に付けられた魔具がゆっくりと明るくなっていく。魔具に込められた魔力を糧に、強力な魔術が発動しようとしている。

「彼は死んだのにあなたは何故生きているの?何故ヴェルメリオに笑顔を与えたの?……もう彼以外の生きている人全てが憎らしいわ!」

 バチバチと魔具から魔力が溢れている。これを食らえばひとたまりもない。いや、生きてはいられないだろう。死ぬ。彼女の憎悪が込められた魔力の炎に焼かれて。冷静にそう思ったプラータは自棄になった。どうせ死ぬのだからもう、言いたいことを言ってやろうと。

「私を殺したところでヴェルメリオ様とはもう無縁だからあなたの復讐は何の意味も持たない!それどころかあなたは無意味な事で手を汚してあなたの婚約者が生涯をかけて全うした騎士という誇りを汚す事になるわ!」

「騎士が誇りですって?ふざけないでよ!その誇りで一体何が守れたって言うのよ!何も残らなかったじゃないっ!」

 彼女の悲痛な叫びは痛々しすぎていっそ憐れだ。彼女の復讐は虚しさを産むだけだろう。

「他でもないあなたが否定しないで!何も残らなかったなんて、そんな事はない!騎士に憧れて誇りとしていたその意志すら無かった事にしないでください!その人が生きた証すら否定しないでください!」

「うるさいうるさいうるさいっ!もう、つらいのよ!しんどいの!ゆるせないの!忘れたくないのに忘れたいの!彼との綺麗な思い出以外、全部ゆるせないのっ!あなたに説教されなくてもわかってる!でももうどうしたって会えない!死んじゃったから!だから、彼以外の人が生きてるのが、ゆるせない!」

 小さな子供の癇癪のように彼女は叫ぶ。バチバチと魔力が漏れ出る手を振り上げて。

「そうやって癇癪起こして私を殺せばいいわ!そうすればあなたは婚約者を『誇りの中で死んだ人』から『復讐を生んだ人』にしてしまうのよ!」

 彼女はそれに言葉を返す事はなく、ぐっと口を噛んで魔力を練り上げた手を振り下ろした。


 恐怖で目を閉じていたが一向に衝撃が来ない。もう死んでしまったから何も感じないのかもしれないと思っていると、少し前に別れたはずなのに酷く懐かしい声がした。

「何をしている……」

「ヴェルメリオッ!」

 プラータを殺そうとした彼女は手を振り下ろしたまま、動きを止めていた。魔力が編まれていたはずの彼女の魔具は壊れ、黒い煙をあげている。女は金縛りに合ったように体を動かすことが出来ないようだった。

  助かった、と思うべきところなのにプラータは本能的な恐怖に駆られていた。目の前の彼女に殺されると思っていた瞬間よりも、今この瞬間の方が冷静になった分だけ、圧倒的な危機を体が認識している。肌は全身ピリピリと刺すように痛い。ヴェルメリオの濃い魔力が彼の怒りに応えて漏れ出ている。彼は怒っている。他でもない、プラータに。

「答えて」

「……っは、──」

 その静かな問い掛けとともにヴェルメリオの魔力が辺りに満ち、全身を締め上げられているような錯覚に襲われる。これは魔術の行使による捕縛術ではない。圧倒的な魔力差が生んだ魔力圧によるものだ。

 答えなくては。そう思うのに、魔力に絞められた喉では言葉にならない空気を吐き出すだけで精一杯だった。

「答えよ!プラータ・ルプス!何をしていた!」

 喋ることの出来ないプラータに焦れたヴェルメリオが女と横たわるプラータの間に入り、体を起こそうと手を伸ばしてきた時だった。

「アンタの代わりにっ、殺されようと、してたのよっ!」

 動きを止められていたはずの女が魔力の剣を練り上げ、目の前に現れた仇に突き刺していた。身体にかかる負担を全て無視して、残った魔力を絞り出した渾身の一撃だった。

「ヴェルメリオ様っ!」

 驚きで緊張が解けたからなのか、ヴェルメリオの魔力圧が緩んだからなのかプラータの口は漸く言葉を発することが出来た。

 目の前のヴェルメリオはプラータに手を伸ばしたまま固まっている。その胸元からは魔力の剣が生え出ていた。


「あなたの基本属性は闇。今あなたに流し込んだ私の魔力は光。いくら高位の魔術師のあなたでも、魔力同士の反発は防げない!むしろ高魔力の持ち主だからこそ膨大な魔力の暴走は手に負えないわ!反発し合う魔力でそのまま内側から弾けて死になさい!」

 彼女の練り上げた魔力がどんどん膨らんでいく。

「止めて!」

 掴みかかってでも、自分が犠牲になってもいいから止めたいのに、縛られたままのプラータは文字通りに手出しが出来ない。あまりにも無力だ。目の前でヴェルメリオが弾け死ぬのを見ているしか出来ないなんて絶対に嫌だ。

 でもプラータには何も出来なかった。

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