第五話 「ショッピングと初めてのファン」
不定期更新ですいませんm(__)m
登録者の増加に驚き、冷たい床の上に突っ伏してから数分後、オーバーヒートした頭はその部屋中に漂う冷たい大気の空気に冷やされ、徐々に冷静さを取り戻していた。そして、私はゆっくりと冷たい床に足をつけて立ち上がり、大きな欠伸を一回する。
「なんか最近寒くなってきたなぁ」
長いフワフワとした欠伸をしながら、昨日の季節外れの暑さからは想像できない、鳥肌が立つほどの寒さに身を震わす。そして、そんな寒さを誤魔化すように震えた両腕を手でこすり合わせて、摩擦熱を引き起こす。私は、そんな自身の行動を見ながら、身体に溜まった暑苦しい空気が吐息になって吐き出させる。その吐息は私の顔の近くまで漂ったのちに水蒸気へと姿を変えて空高くに舞い上がっていった。
「そろそろ洋服屋さんで新しい服も買わないとダメかぁ……」
私は目の前で消えていく生暖かい吐息をぼーっと数秒見つめた後に、自身の着ているブカブカの洋服へと目線を移す。昔自身が愛用した長ズボンは裾がボロボロになり、最近通販で購入した温かいセーターはサイズを間違えたのか丈があっておらず、とても動きにくく、保温性にかけるような服装であった。
季節が夏であればまだ過ごすことができる。だが、この身体になってからは寒さに弱くなってしまっている。そのため、このままの状態で本格的な冬が始まってしまったら、ヒカリは寒さで凍え死んでしまう自信があった。そして、先ほどのテレビの天気予報によると今日以降から本格的な冬が始まるらしい。温かい服を買えるのは今日しかないのだ。
私はそんなくだらないことを考えた後に、心の中でちっぽけな決断を行った。そして、私は古ぼけた玄関の隣に掛けられた財布の入ったバッグを手に取り、ドアノブを回して重い扉をガチャリと開ける。その次の瞬間、開けられたドアの隙間から冷たい空気が流れ込み、自身の肩を震わせる。しかし、私はそんな空気を跳ね飛ばすように外に飛び出し、アパートの近くに最近出来たデパートに足を動かすのであった。
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「わあ、改めてくるとやっぱり大きいなぁ」
私はボロボロになった長ズボンを動かしながら、目の前に立つ大きな建物に目線を移す。そこには東京ドームの天井をガラス張りにしたような建物が広がっており、たくさんの人たちが出入りをしている。そして、ある人は服を買いに、ある人は子供のおもちゃを買いに、と様々な人たちで込み合うエントランスを通り抜けて私は、エスカレーターでファションコーナーが密集する二階へと足を向ける。
エスカレーターに足を乗せてから数秒後、二階に着くと甘い香水のような匂いが鼻につく。私はそんな甘ったるい匂いに顔をしかめながら、近くでやっていた女性洋服専門店に足を運ぶ。
「いらっしゃいませー」
店内の奥の方から聞こえる店員さんの挨拶に軽く会釈を行いながら、私は店の中に置かれている様々な洋服に目線を移す。横に設置された木製の棚にはカラフルな洋服が並んでおり、見る者の目線を奪うような素晴らしい洋服であった。
「うーん、何にすればいいかなぁ」
もともと、ヒカリは洋服に興味のない、着ることができれば何でもよいというタイプの人間であった。しかし、こちらも先ほど同様、日が経つにつれどんどん女性的な思考になってゆき、今では優柔不断な性格が相成って洋服の性能という観点だけでは選ぶことができなくなっていた。
そこから服選びを悩みに悩んで三十分後、流石にと思ったのか若い店員さんが「よかったら、お似合いの洋服を選びますよ」と顔に少し苦笑いを浮かべながら話かけてくた。そして、私はその言葉をありがたく受け取り、結局は店員さんが持ってきてくれた数着の洋服をそのまま購入することになった。
購入したのは保温性に優れたセーターとマフラー、膝くらいのスカートに黒タイツと、ベタな服装に加えてオシャレな様々な洋服であり、セーターやスカートは購入後に更衣室で着替えてそのまま家に帰ることにした。
「予想以上にお金がかかっちゃったな……。当分は節約しないと」
私は自身の右手に握られた千円ほどしか入っていない財布を見つめながら、大きなため息を一回吐く。
女性の買い物にはお金がかかるという話は聞いていた、実際昔付き合っていた彼女も金使い荒かったし。だが、これまでとは……。そんなことを考え、私はもう一度大きなため息を一回つく。
洋服を買ってよかったという気持ちと、お金がなくて悲しいという気持ちが合わさって微妙な気持ちになりながらショッピングモールの道を歩いていると、不意に背後から右肩を誰かに叩かれる。
誰だ、と思い後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。その少女はどちらかというと大人しめの印象を受け、彼女がつけている黒縁眼鏡はその印象を強くしている。
「あの、もしかしてヒカリさんですか?」
なにか用でもあるのかと考えていると、少女はおどおどとした様子で話しかけてくる。そして、私はそんな彼女の態度と"ヒカリ"という単語を聴いてああ、と納得し、小さく少女の言葉に頷く。
すると、少女はぱぁっとひまわりのような笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
「そうなんですね! 私ヒカリちゃんの大ファンなんですよ」
そんなこと呟きながら、彼女はスマホの画面をぐいっと見せてくる。私はそんな少女の右手に握られたスマホには、「【切り抜き動画】期待の新人、ヒカリちゃんの初ライブ」と書かれた動画映し出されていた。
「私、この動画からヒカリちゃんのこと知ったんですけど、いつも明るいあなたから元気をもらってます! これからも頑張ってください」
少女は空いた左手でブンブンと激しく握手を交わしたのちに、少女は右手で手を振りながら走り去っていった。
私はそんな嵐のような少女に呆気にとられ、数分間その場に立ち尽くしたのちに、ゆっくりと歩みを進み始める。
少し夕暮れ刻に差し掛かり、淡い赤色に包まれた大通り。いつもはたくさんの人で賑わっているが今は別である。夕暮れになると途端に家路に付く人が増えだしに、どことなく不可思議な雰囲気を、醸し出している。
そんな大通りをヒカリという一人の少女が歩いていた。
「こんな私にも、ファンなんていう遠い存在だったものが居たんだ……」
そんな独り言を呟き、少女は薄く見え始めた月を見上げながら歩き続ける。
少女はこの光景にありし日と同じような、既視感を感じたが、その考えを否定するように首を横に振り、薄い笑みを浮かべながら一人でとある一つの結論を弾き出す。
――だって、私はもう一人じゃないからな。
少女はまだ見ぬ自身を応援してくれているファンの方々に胸を馳せながら、再び道を歩き続ける。