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第ニ話 「腹ペコ少女とヤンキー少女」

最初から最後まで波乱万丈だった配信を終えた日の深夜頃、私ことヒカリはとある強敵に襲われていた。

 


「ぐぅー、やっぱり夜食は買っといた方がよかったかな」





私はそんなことをボソリと呟きながら、自身の右手でお腹を擦り出す。以前はこんなに大食いでもなかったんだけどなぁ、と心の中でぼやつきながら、私は腕を上に上げて大きな伸びを一回する。


 


「こんな様子じゃあ落ち着いて眠れもしないからなぁ……。とりあえず、コンビニまでひとっ走りでもしますか」


 


私は唸り続けるお腹に悟らせるように呟くと、ボロい机の上にあった財布をポケットに突っ込み、玄関へと足を運ぶ。


幸い、自宅から徒歩五分ほどの場所でコンビニが営業している。走れば往復で六分位だから、不審者に会うこともないだろう。


そうと決まれば出発だ、と私は男の頃に使っていたブカブカの靴に足を通し、立て付けの悪いドアをガチャリと開けて外に飛び出していく。


そして、私はアパートに取り付けられた今にもその灯火が消えそうな白熱電球の明かりを頼りに階段を降り、広い大きな道路脇へと足を踏みしめる。

 


いつもならこの地区を利用する住人たちによって忙しなく運転されている車も、今は数分に一台しかこの道路を横切らない。一瞬この冷たいコンクリートでできた道路の上に寝そべっても轢かれないのでは、という考えが頭をよぎったが、こんなことで、もし誰かに道路で自身が寝そべっているところをSNSにでも拡散されたらたまったもんじゃない、と私はコンビニの方へと足を早めた。


 




「そういえば、新しい服も買わないとなぁ」


 


 

私は自身の着ているヨレヨレな服一式を見てボソリと呟く。男の頃はあんまり実感がなかったが、どうやらメンズとレディースの服はやはり構造上での大きな差があるらしい。男のズボンではお尻が入らないことがあるし、なにより歩くたびに胸が擦れて痛いのだ。今なら、女性がなぜあんなに困った様子をしていたのかが改めて理解できる。


私がそんな男の頃では考えもしなかったであろうことに共感していると、前の方に夜中なのに明かりを灯しているお店が瞳の隅に映り込む。どうやら、いつの間にかコンビニに着いたようであった。


 


「いらっしゃいませー」


 


コンビニに入った瞬間、いつもと同じように感情のない機械的な挨拶が私に投げ掛けられる。そして、私はそんな力のない声を軽く無視すると、すぐ横にある生活用品売り場のところで足を止める。

 


「ああ、そういえば最近歯みがき粉を切らしちゃったんだっけ」

 


私は夜食を買うついでにと思いながら、歯みがき粉などの生活用品や、生理用品などを手に取り次から次へとかごに入れていく。そして、必要なものをあらかたかごに詰めたことを確認すると、その足でインスタント食品などが置かれている棚へと向かう。

 


 


「やっぱり、夜食はインスタントラーメンだよねぇ」

 


私はそんなことを独りで呟きながら何種類かのラーメンをかごにいれて、レジへと向かう。


レジは深夜ということもあってか並んでいる人はひとりもいなく、スムーズにレジへと向かうことができた。


 


「お値段は合計で五千六百八十円になります」



 


うわぁ、結構値段張っちゃったな、と心の中で悪態をつきながら、深い大きなため息を一回する。そして、コンビニから出ると自身のポケットに突っ込まれていた財布の中を見つめながら、再び大きなため息をつく。


これからは節約しなきゃなぁ、と今後のもやし生活に少しの苛立ちと絶望感を覚えながら、家に帰ろうと足を運び出したその時、後ろから陽気な声で私に話しかけるような声が聞こえる。


 


 


「ねぇ、そこの彼女、俺と一緒に遊ばない?」


 


 


私がゆっくりと声のする方へと振り替えると、そこにはいかにもチャラそうな格好をした男が立っていた。


元は黒であっただろう髪の毛を金色に染め、銀のチェーンを首から付けた不良と一般人の間をさ迷っているような男であった。


 


「……もしかして、私のことですか?」


 



「そうに決まってるじゃん! ところで、見たところ高校生だよね? このあと、仲間と一緒に飲みに行くんだけどさ、一緒に行ってみない?」

 


 


男は右手で軽くお酒を注ぐようなジェスチャーをしながら、醜いにやけた笑顔で私に話しかけてくる。私は、そんな下心丸出しな男に対して強い嫌悪感を感じ、全身に鳥肌が立つのを感じ取っていた。

 

逃げなきゃ。そう、ふと本能的に危ないと感じたのか、脳が全身に走り出せと命令している。私はそんな指令に流されるままに男から離れようとするが、男は逃がさない、といった感じに私の右手を掴みとる。




 


「や、止めてください……」


 



男はそんな私のか細い必死の抵抗を無視するかのように嘲笑い、握る力を強くしていく。


 


――あぁ、こんなことになるんだったら朝まで我慢しておくんだったな……。


 

そんなことを思いながら涙を一筋溢していると、不意に後ろからもう一人の誰かが、震えた自身の腕を握りしめている感覚が伝わってくる。


私が、涙を指で拭き取りながら後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 

身長は私より頭一つ高く、顔つきも整っているため全体的に大人びた印象を受ける。頭のてっぺんから生えている美しい長い金髪は無造作に放置されており、それがまた彼女をカッコいい大人としているのであろう。


私が、一瞬あまりの彼女の美しさに唖然としていると、彼女は私の腕を未だに掴んでいるチャラい男に向かって睨みを利かせながら言葉を放つ。


 

 


「おい、あんた何しとんの?」



 


そんなドスの効いた威圧感のある彼女の声は、チャラ男の心を驚かすのには十分だったようで、男は彼女に言い訳をするようにぶつぶつと喋ると、一直線に闇の中へと消えていった。


ふーっ、と私が安心するかのようにため息を付くと、隣にいた彼女は心配するように私の顔を覗きこむ。

 


 


「あんた、大丈夫? もしよかったら家まで送ってってあげるけど」



彼女は眉を下げながら、大丈夫かと私に問いかけてくる。私は一瞬、そんな親切な彼女に送ってもらおうと考えたが、もう夜遅くだしな、と断りの返事をいれると、彼女は一瞬めんどくさそうに大きくため息を吐き、私の腕をぎゅっと掴みとり、少し小さな声で私に話しかけてくる。


 


「……そんな震えた声で大丈夫です、て言われても説得力がない。あんたの家どこ、私が送ってってあげる」




私はそんな彼女の言葉に従い家のある右の方を指差すと、彼女はズカズカとそちらの方へと歩いていく。そして、私はそんな頼もしい背中を前に、ただ生まれたばかりの小さな小カルガモのように付いていくことしか出来なかった。


 

 


 


「あの、今日はありがとうございました」



 


コンビニを出てから少し経った頃、私は無意識に彼女にお礼を呟き、深々と腰を曲げた。


すると、そんな私の行動を見て少し恥ずかしくなったのか、前に立っていた彼女は右手で頬を少し擦りながら言葉を投げ掛けてくる。


 

「いや、別に当たり前のことをしただけだよ。あんたにお礼を言われる筋合いはない」




そう、彼女は呟くと同時に、私の返事を遮るように前方にある黒い建物を指で指しながら話しかけてくる。



 


「ほら、あんたの家にも着いたことだしさ、しっかりと睡眠を取って今日のことは忘れるんやぞ」



 


彼女はにへりと笑いながら、私の背中を手で押して玄関先まで足を動かす。


アパートに取り付けられた白熱電球はこの瞬間だけは、明かりを強め、まるで私たちを歓迎しているかにも思えた。


 


「あの、今日は本当にありがとうございました!」


 


私は自身の家の前までたどり着くと、改めて目の前にいる少女に感謝を述べた。すると、目の前にいる少女は全然大丈夫といった感じに手首を少し振ると、つまらなそうな顔をしながら私に声をかけてくる。



「まあ、今日のこともあったしやらないとは思うんだけど、金輪際夜中に一人で出歩かないことだね。それさえ意識してれば大丈夫。それじゃあ、私はそろそろ帰るわ」


 


そうボソリと呟くと同時に、彼女はくるりと百八十度方向を変えて、雑にこちらに手を振りながら再び独り寂しい暗闇に消えていくのであった。



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