死人の騎士と恋する令嬢
『貴方様に興味がありません。死んでから出直して来てくださるかしら?』
瞼を閉じるとあの日のことが脳裏を駆け抜ける。アッシュグレイの美しい髪を靡かせて、視るもの全てを貫くかのような蒼銀の眼差しが自分を貫く。
何も言えずにいる自分に興味が失せたのか、立ち去っていく彼女をぼんやりと見ているしか出来なかったかつての自分。
そんな自分が嫌で嫌で、今までの自分を変える為に騎士団に入団した。強くなる為に脇目もふらず死に物狂いで訓練をした。実戦では、最前線に志願し、先陣を切って戦いもした。
戦って戦って戦った。
気付けば、その功績が認められ王国にある3つの騎士団の内の一つの団長にまでなることができた。
これで、今度こそ!しっかりと想いを伝えよう!
そんな浮わついた心が後の悲劇に繋がってしまったのだろう。
ある日、国境付近の迷宮を監視している監視所から応援要請が届いた。そして、勇み駆け付けた自分たちが眼にしたものは、あちこちから黒煙が昇る監視所と部下たちの変わり果てた姿だった。その惨状をもたらした元凶はそこかしこに溢れている死霊たちだった。
その光景に、激怒した自分は愚かにも突撃命令を出してしまった。その結果、部隊は全滅。部下たちが一人また一人と倒れていき、気付けば自分一人で戦っていた。そして、最後の一人。つまりは自分が命を散らしてこの戦いは終結した。
◇◇◇
深い森の中に一人立っていた。
ここはどこだろうか?そもそも自分は誰か?それすらもわからない。
頭のなかはモヤがかかったままでハッキリとはしない。
だが、これだけは覚えていた。
アッシュグレイの髪、蒼銀の瞳を持つ女。
女!そうあの女だ!
あの女に会って伝えなければならないことがあるのだ。何を伝えるのかはまだ思い出せないが、言わねばならないことがあるがあるのだけは覚えていた。
やるべきことが決まったのなら、すべきことは一つだけ。
走った。走って、走って走った。
森を抜け、野を駆け、河を渡り、谷を越えてただひたすらに走った。
いかな運命の悪戯か。それとも微かに残っていた記憶の断片が誘ったのか、果たしてたどり着くことが叶った。
そこは墓地に程近い郊外の屋敷だった。生け垣が屋敷を囲み、警護の兵が周辺を見廻り守護していた。
直ぐ様にも生け垣を飛び越え彼女の元に向かいたい気持ちを、僅かな理性がなんとか思い止まらせていた。陽の位置を確認する為に天を仰げば、太陽は未だ中天にあった。忍び込むには良くない時間帯である。
忍び込むのなら、闇夜が一番深くなる夜明け前。暁が夜を切り裂く寸前が最善である。
夜明け前までに警護の穴を探っていく。そして、決行の刻がきた。
物音を一つ立てずに生け垣を越えて侵入し、歩を進めていく。頭では何処に行けばいいのかわからないが、体が勝手に動くのである。足が進むに任せていけば、間もなく庭園にたどり着いたのだった。
何故、ここなのだろう。と疑問に思うも次の瞬間には、疑問は氷解していた。
そう、彼女が供の一人も着けずに、居たのである。
憂いを秘めた瞳がぼんやりと星を眺めている。
「…………もし」
「……!!」
どう声をかけたものか悩んだその瞬間、口からは既に言葉が発されていた。
「どうか今一度、貴女の前に立つ無礼をお許しください」
「……貴方は」
「フィリア嬢はお忘れかも知れませんが、自分は以前貴女に振られた男です」
「えぇ、覚えていますとも。私にアプローチされた殿方は全て覚えておりますから」
「…!!」
まさか、あの時のことを覚えておられるとは思ってもみなかった。
フィリア嬢の言葉は続く。
「貴方様は、その中でも有名人でしたからね。なにせ、この国を守護する三人の騎士団長の内のお一人でしたから。でも……そう、でも貴方は半年ほど前に亡くなっているはずです。」
言外にお前は何者だ、とあの蒼銀の眼差しから突き付けられる。
それに苦笑を溢し、それでも段々と思い出してきた記憶を整理して言葉にしていく。
「えぇ、間違いありません。自分は既に死んでいます。この身には、死人のごとく既に温もりはなく、心の臓の鼓動も久しく聴いておりません」
フィリア嬢は、その言葉を聞いて眼を見開き口元を押さえた。まるで、信じられないものに出会ったかのように。
「そんな、いえまさか…でも、それなら……」
小声で、ぶつぶつと呟いておられるが、小さすぎて声を拾うことは叶わなかった。
「ですが、それは些細なことでもあります。最後に抱いたこの気持ちをお伝えするために自分は今ここにいるのです。聞いていただけますか?」
「えぇ、勿論ですわ」
にっこりと彼女が笑う。
では、と少し咳払いをして自分の想いを言葉にする。
「フィリア嬢。自分は貴女に恋をした。ずっと貴女を想う内にいつしか貴女を愛していた。叶うならば貴女と一緒になりたい。どうか、この手を取っていただけないだろうか?」
フィリア嬢は、うつ向き肩を震わせている。やはり、この身では無理だったのだろうか。
「…ふ、ふふ……うふふふふふふふふっ!」
「貴方様!貴方様だけですわ!!私の言った通り本当に死んでから出直して来てくださったのは!!!」
ぽかん、とした顔でフィリア嬢の顔を見ていると、彼女は自分の手を取った。
「勿論、答えはyesですわ!嗚呼、素敵ですわ。この肌の冷たさ。血色の失せた蒼白い顔色。生気の無い瞳。どれもこれもが私好みですわね!!
嗚呼、なんて幸せな一時!
嗚呼、理想的なプロポーズなんでしょうか!?夢にまで見たことが、現実に起こり得るなんて!!
幸せ過ぎて死んでしまいそう!」
なにがなんだかわからないが、自分はどうやら長年の恋が叶ったらしい。
さて、これからどうするかを決めなくてはならないな。愛しき人と共に。
これは、死人の騎士と死人に恋する令嬢の物語。その始まりの一幕である。
◯騎士
死んだけど不幸?幸運?にも復活した男。
死んだのは不幸だけど、死んだからこそフィリアと恋仲になれた。
◯フィリア
(死体に)恋する令嬢。
つまり、死んだら恋愛対象になるので、「死んで出直して来てくださる?」って言ってるんです。