元嫁は、寝台の上で安静にすごす
「う……んん」
ヴィオレットは身じろぎ、目を覚ます。カーテンの隙間から、太陽の光が差し込んでいた。ここで、ハッとなる。
「わ、わたくし──!」
起き上がろうとして、ギョッとする。一糸まとわぬ姿だったからだ。
人の気配を感じる。そこには水差しを持ったバーベナがいた。
「ヴィオレット様、お目覚めですか?」
「あ、あの、あの、バーベナ、わたくし、どうして服を着ていませんの?」
「昨晩は、猫化されていたようで、旦那様が寝台までお運びになったようですよ」
「そう、だったのですね」
ハイドランジアの魔力を唇から受け取ったあと、苦しくなった記憶しか残っていない。そのあと、内なる魔力が暴走し、猫化してしまったのだろう。
「旦那様は明け方まで、ヴィオレット様を心配して付き添っていたようですが、今朝方出勤されました」
「そうでしたのね──って、わたくしも、仕事に行かなくては!」
「今日は、一日安静にされるようにと、旦那様がおっしゃっておりました」
「でも、わたくし、もう元気ですわ」
枕の下に入れていた懐中時計を掴み、時刻を確認する。昼はとうに過ぎていた。
体の重さも、気持ち悪さも、きれいになくなっている。猫化することによって、魔力を消費したからかもしれない。
「すぐに準備を――」
「なりません、ヴィオレット様。旦那様の言うことを聞きませんと」
今、ヴィオレットはハイドランジアの客人という立場である。自由に行動することは、許されていない。ここに世話になっている以上、言うことは聞かないといけないのだ。
バーベナも、以前はヴィオレットのやりたいことを優先してくれたが、今はハイドランジアの命令を優先している。
はあと、重たいため息をついてしまう。
せっかくハイドランジアの役に立てると思っていたのに、逆に迷惑をかけてしまった。
自己嫌悪している間に、バーベナが服を着させてくれた。
スノウワイトと竜の子は、昼間なのにぐっすり眠っている。悩みがないように見える寝顔に、ヴィオレットは心癒やされた。
バーベナが用意してくれたのは、寝間着だった。元気なのに、一日安静にしていなければならないらしい。もの申さずに、寝台へと戻った。
バーベナが寝室の扉を開くと、紙で作った鳥が入ってきた。ハイドランジアの、鳥翰魔法である。
ヴィオレットの手のひらに着地し、動きを止めた。
「ハイドランジア様からのお手紙ですわ」
開くと、容態を確認する内容が書き綴られていた。すぐさま、ヴィオレットは返事を書く。
三十分後に返事が飛んできた。そこには、今日一日外出せず、寝台の上でゆっくり休んでおくようにと書かれていた。
鳥翰魔法をかけていた手紙は再び鳥の形となり、ヴィオレットをじっと見つめる。監視させる魔法もかけていたようだ。
二羽の折り紙の鳥を眺め、ヴィオレットはクスリと微笑む。
仕方がないので、今日は寝台で大人しくしていることにした。
◇◇◇
ヴィオレットは寝台の上で、ハンカチに刺繍をしていた。
金糸に祝福のまじないをかけ、ハイドランジアの名前を刺す。
そのあとおまけに猫も縫った。きっと、喜ぶだろう。そんなことを考えながら、一針一針丁寧に縫っていた。
夕刻、太陽が沈む前に、ハイドランジアは帰宅してきたようだ。
直接ヴィオレットの寝室に転移せず、バーベナを通してやってきた。
「ヴィー、具合はどうだ?」
「おかげさまで、元気ですわ」
「よかった」
他人の心配をしている場合なのか。ヴィオレットはハイドランジアを見上げながら思う。
「猫の姿から、戻れたのだな」
「がっかりしましたか?」
「いいや、ホッとした。また、原因不明で人の姿に戻れなくなったら、困るからな」
ヴィオレットも安堵した。ここで猫がよかったと言われたら、大きなショックを受けていただろう。
「ハイドランジア様、ここに、おかけになって」
ヴィオレットはそう言って、寝台の縁を叩いた。しかし、ハイドランジアは棒立ちのままだった。
「お顔がよく見えませんの」
「昨晩のように、突然よからぬことをするのではないな?」
「もう、いたしません」
「そうか、ならば」
そう言って、ハイドランジアはヴィオレットの寝台に腰掛ける。
「ヴィー、なぜ、頰を膨らませている?」
「だって、わたくしのキスが、イヤだったみたいな言い方をするものですから」
「ヴィーのキスがイヤなわけではない。私の魔力を受け入れて、倒れてしまうのがイヤなのだ」
「だったら、他の場所だったら、キスしてもよろしいの?」
「それは、構わない」
「だったら――」
そう言いかけて、ヴィオレットは我に返った。危うく、ムキになってキスしようとしてしまった。なんてはしたない発言をしてしまったのか。頰が焼けるように熱くなる。
「どうした?」
「な、何が、ですの?」
「キスをしたいのだろう?」
「そ、そんなこと、申していません!」
「む、そうだったか? 私にキスをしたいと言っていたように聞こえたが」
「気のせいですわ!」
「だったら、私のほうからしよう」
「え!?」
ハイドランジアはヴィオレットの手をすくい取り、指先にそっと唇を寄せた。
触れられた指先からカーッと熱くなっていく気がして、ヴィオレットは羞恥心に耐える。 熱っぽい視線を浴び、どうすればいいのかわからなくなった。
雰囲気を壊すために、別の話題を振る。
「あの、そういえば、今日、ハンカチに刺繍をしましたの」
枕の下に入れていたハンカチを取り出し、ハイドランジアに手渡した。
「この、私の名と猫を、ヴィーが刺したと」
「ええ。大したものではありませんが」
「これは、とてもすばらしいものだ。ありがとう」
「い、いえ」
先ほどの色っぽい目つきから、少年のような微笑みに変わっていく。
刺繍したハンカチがあってよかったと、ヴィオレットはひとまずホッとした。




