元嫁は、ポメラニアンに教えを請う
ヴィオレットの新しい生活は順調だった。司書の仕事をこなし、昼休みにはハイドランジアと共に妖精探しをする。
ヴィオレットは妖精と相性がいいようで、すぐに仲良くなれた。彼らは、蔵書の整理も手伝ってくれる。
一方、ハイドランジアは妖精との相性が悪いようだった。妖精のような見た目なのに、不思議なものである。
調べ物については、なかなか核心に迫るものは発見されない。
魔力の放出は、できることにはできる。
しかし、ハイドランジアの場合は量が多いので、放出すると大変なことになるのだろう。
魔力を消費すれば問題ない。けれど、魔力の大量消費できるものといったら、竜と契約したり、魔王を倒す際に使う大魔法を使ったりなど、どれも現実的ではなかった。
本日は休日。ただ、ハイドランジアは国王に呼ばれ、外出していった。
ヴィオレットは、大精霊ポメラニアンにも頭を下げて相談する。
『魔力の大量消費、か。まあ、ないこともないが』
「教えていただけますか」
ヴィオレットは深々と頭を下げ、教えを請う。ポメラニアンは渋い表情を浮かべていた。
「なんでもしますので!」
『ふむ。まあ、教えることは構わないのだが、なぜ、お主はそこまでする?』
「ハイドランジア様に、ご恩があるからですわ。それと、長生きしてほしいと、思っていますの」
『他には?』
「え?」
『それだけの気持ちでは、教えることはできぬ』
「……」
『そうか。残念だが』
「い、言いますわ!」
ヴィオレットは息を大きく吸って、はく。胸に手を当て、心を落ち着かせた。
「わたくしは、ハイドランジア様を……心から愛しております。だから、どうか、教えていただけないでしょうか?」
『なるほどな。わかった、説明しようぞ』
「ありがとうございます」
ポメラニアンは、ゴホンと咳払いをする。そして、低い声でとんでもないことを口にした。
『お主の体の中には、魔力を無限に受け止める神杯が備わっておる可能性がある』
「神杯、ですか?」
『ああ、そうだ。竜には通常装備されている、奇跡の代物よ。お主は竜の転生体であるがゆえに、備わっていたのだろう。竜の子と魂が分かれてなお、神杯はあるかはわからんが』
「もしかして、わたくしの神杯に、ハイドランジア様の魔力を注いだら、問題は解決すると?」
『然り!』
ハイドランジアの寿命問題に、光が差し込む。
「では、どうやってわたくしの中に神杯があるのか、調べるのでしょうか?」
『探ってみよう。しばし、くすぐったいかもしれぬが』
「大丈夫ですわ」
『では、寝台に横たわってもらおうぞ。侍女も同席せい』
突然指名されたバーベナは、慌てて寝室へと赴いた。
ヴィオレットは寝台の上に横たわり、頭上からポメラニアンが見下ろしている。
今までにない、神妙な表情をしていた。
『神杯を探るなど、初めてだからな』
「難しいことですの?」
『まあ、そうだな。だが、大丈夫だ。心配はいらぬ』
ポメラニアンは息を整え、神杯探しを開始する。
ヴィオレットの額に、ぴたりと鼻先をくっつけた。
ポメラニアンの鼻は冷たかった。それに、毛が肌についてくすぐったくなる。
それに加えて、『ぬうううううん!』と気合いが入った声を出し始めた。精霊式の呪文か。
集中力が必要らしいので、笑ってはいけない。奥歯を噛みしめ、ぐっと我慢していた。
寝台の傍らに佇むバーベナも、笑うのを我慢しているようだ。
辛いのは、ヴィオレットだけではなかったようだ。
途中から、ポメラニアンはぶるぶると震え始める。『むむっ!?』という低い唸り声も上がる。本当に大丈夫なのか、心配になった。
全体図を見ているバーベナは、口元を押さえ、肩を揺らしていた。
よほど、面白いらしい。
ただ、笑ってはいけない神杯探しなので、ひたすら我慢するしかないのだろう。
『ある! あったぞ、神杯は、ある!』
「まあ!」
ポメラニアンはヴィオレットから離れ、荒くなった息を整えていた。
「ありがとうございます」
『これしきのこと、なんでもないぞ』
「心から、感謝を」
これで、ハイドランジアを助けることができる。嬉しくて、胸が熱くなった。
「では、ハイドランジア様が帰宅しだい、神杯に魔力を注いでいただいて――」
『待て。今日、すべて注ぐことは難しいぞよ』
「時間がかかりますの?」
『時間というか、方法がだな』
「難しい術式なのですか?」
『いや、すべての魔力を注ぎきるには、接吻を千回以上せねばならぬだろう』
「はい?」
『接吻を千回。もしくは千日間毎日吸血』
「な……な……なんですって!?」
『魔力の譲渡について、習っていただろうが』
「たしかに習っておりましたが、神杯があるということで、何か、魔法を使って移すのだと」
『魔法などない』
「そんな……!」
『魔力を譲渡する魔法など、ないのだ』
ポメラニアンは大事なことなので、重ねて言っていた。
『まあ、接吻と吸血以外に方法はあるといえばある。そちらは、まあ、百回程度で魔力を移し終えるだろう』
「!」
千回も口づけすることなど、気が遠くなる。百回くらいであれば、なんとかなりそうだ。
ヴィオレットは藁にもすがるような気持ちで、ポメラニアンに方法を教えてほしいと頭を下げた。
『しかしそれは、双方負担が大きいぞ』
「でも、口づけや、吸血を千回することに比べたら、百回の行いなど」
『性行為を百回だぞ?』
「は?」
『性行為だ、性行為』
ヴィオレットは意識が遠くなりかけたが、ぶんぶんと首を横に振って我に返る。
『まあ、性行為がいいというのならば、別に構わないが』
「こ、婚姻を結んでいないのに、できませんわ、そんなことなど!!」
『まあ、そうだろうな』
ポメラニアンはため息をつき、ハイドランジアはバカだと呟く。
『離婚していなければ、悩まずに済んだことだ』
「ハイドランジア様は、神杯についてご存じなかったから、仕方がなかったかと」
『まあ、そうよな』
神杯を発見できたものの、問題は山積みだった。




