元嫁は、妖精を探す
ヴィオレットはまず妖精探しをしていいものか、ハイドランジアにお伺いを立てる。
基本、魔法図書室の本は持ち出し禁止だ。それに、魔法師団の施設の中を自由に歩き回っていいのか、確認しなければならない。
手紙にしたため、鳥の形に折った。魔法の師匠であるハイドランジアから習った、鳥翰魔法である。
手のひらに載せた鳥に呪文をかけて、ふっと息を吹きかける。すると、まるで生きているかのように羽ばたき、ハイドランジアのもとへと飛んでいった。
返事を待つ間、ヴィオレットは蔵書の整理を行う。
どの本も読んだことのないものばかりで、『魔法歴史学』、『浮遊魔法のすべて』、『幻獣使役学』など、題名だけで好奇心がくすぐられる。
本は種類ごとに並べ、丁寧に一冊一冊差し込んでいく。
一時間ほど作業していただろうか。背伸びをしていたら、背後より突然声をかけられる。
「ヴィー」
「きゃあ!」
振り返ったら、ハイドランジアの姿があった。転移魔法でやってきたらしい。
「突然いらっしゃったので、驚きましたわ。なんですの?」
「いや、手紙の返事をしにきた」
「別に、直接こなくてもよろしいのに」
「手紙を書くより、直接話をしたほうが早いからだ」
ハイドランジアは多忙なのだ。一時期、ヴィオレットは侍女をしていたのでよくわかる。食事を取る時間も惜しむほどだった。
「お忙しいのに、質問をしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいや、気にするな。わからないことがあれば、なんでも聞け。それで、妖精図鑑についてだが──まさか脱走していたとはな」
「ええ」
「妖精集めは難しい」
「まあ、そうですの?」
「妖精はいたずら好きで、気まぐれ、そして、人間が困ることが大好きなのだ」
物がなくなったという現象の大半は、妖精の仕業らしい。他にも、幸せな恋人達の仲を引き裂いたり、落とし穴に落としたりなど、人に姿が見えないことをいいことに、やりたい放題のようだ。
「妖精図鑑に封じられていた妖精は、各地でいたずらをしていた個体だったようだ」
妖精図鑑が作られたのは三百年前。制作者は不明となっている。
各地を巡り巡って、魔法師団の図書室に寄贈されたようだ。
「おそらく、幼少期の父が妖精を逃がしてしまったのだろう。その後、回収するつもりが面倒くさくなって放置。こんな感じだろう」
「まだ、この辺にいますの?」
「確実にいるだろうな。妖精図鑑から、そう遠く離れられないような呪文がかけてあるはずだから」
「いたずら妖精ばかりなら、騒ぎになっていたのでは?」
「妖精のいたずらは、日常にあってもおかしくない、ささやかなものばかりだ。妖精の仕業だと気づかないことのほうが多い」
「そう、ですのね」
妖精図鑑に掲載されている妖精は、三十体ほど。魔法師団の敷地内のどこかにいる。
「今日は、昼休みを使って一緒に探してみよう」
「よろしいのですか?」
「ああ。食後の散歩ついでだ。気にするな」
「ありがとうございます」
「スノウワイトと竜の子は置いてこい。妖精が驚いて、姿を隠すかもしれないから」
昼間、スノウワイトと竜の子はほとんど眠っている。このまま図書室に置いていっても、問題ないだろう。
「では、お昼にハイドランジア様の執務室に行きますので」
「いや、私がヴィーを迎えにくるから、ここで待っていろ。そのほうが早い」
「承知いたしました」
ハイドランジアは転移魔法で執務室に戻り、ヴィオレットは作業を再開させる。
休憩所は、図書室の向かいに用意されていた。バーベナが待機していて、茶や菓子を出してくれる。
「ヴィオレット様、お仕事はいかがですか?」
「楽しいですわ。まさか、こんな重要なお仕事を任されるとは、思いもしなかったので」
「それはようございました」
淡く微笑むバーベナの表情には、どこか影があった。
「どうかなさいましたの?」
「あ、いえ。最近、旦那様がお優しいので、ちょっと気味が悪いなと思いまして」
「まあ」
ハイドランジアは乳母であったバーベナに、長期休暇を与えようとしたり、感謝の言葉を述べたりしているらしい。
「今まで、そんなことを言うことなんて、なかったものですから」
「そう、でしたか」
「ヴィオレット様との婚姻も、突然解消するとか言い出しますし、いったい、どうしてしまったんですかねえ。近日中に、従弟のエーデルワイス様を呼び寄せて、跡継ぎ教育もするとか言い出しまして。エーデルワイス様は、まだ六歳なのに」
「……」
ハイドランジアは自分が死んだあとのことを考え、行動に移しているのだろう。胸が締め付けられる思いとなる。
休憩時間はのんびり過ごしている場合ではない。魔力の制御について、調べなければ。
ヴィオレットはカップをソーサーに置き、バーベナに礼を言って図書室に戻った。
昼休み──昼食を終えたハイドランジアとヴィオレットは、魔法師団の庭を並んで歩く。
植物魔法部が世話をする庭は、美しく整えられていた。
アーチには、つる薔薇が絡んでいて、華やかな赤い花を咲かせている。
妖精は草花に宿るというが、周囲を見渡しても普通の庭にしか見えない。
「妖精は、どのようにして探しますの?」
「基本は、魔力を探ることだな。魔眼を発動させたら、一発で見つかる」
魔眼とは目に魔力を集め、普段は見えないものを視る魔法だ。一度、ハイドランジアに習ったが、習得できないでいた。
ハイドランジアは左目を塞ぎ、右目に魔眼を発動させる。すると、ニワトコの木に妖精が宿っているのを発見したようだ。
「あそこだ」
ハイドランジアが指さす先には、何も見えない。魔眼を使わないと、目視できないのだろう。
ハイドランジアはニワトコの木に接近し、妖精を捕獲しようと手を伸ばす。
「こいつ! おい! 大人しくしろ!」
どうやら、捕獲は難しいようだ。ハイドランジアはちょこまかと動き回り、見えない妖精を追いかけている。
ここでふと、ヴィオレットは気づいた。ニワトコの木は、魔法使いの杖を作る材料となる。
ならば、魔法の杖にも興味があるのではないか。
閃いたヴィオレットは、腰から下げていたルビーロッドを手に取って妖精に声をかける。
「ニワトコの木の妖精さん、わたくしの杖を、ごらんになります?」
ハイドランジアはヴィオレットを振り返り、視線を宙に浮かべる。おそらく、妖精がヴィオレットのほうへ来ているのだろう。
「ヴィー、妖精が、杖に乗っているぞ」
「まあ、本当ですの。見えないのは、残念ですが」
そう呟くと、妖精は姿を現す。ぎょろりとした大きな目に、鳥のような嘴、尖った耳を持つ、手のひらよりも小さな妖精がヴィオレットを見上げていた。
「可愛らしい妖精さんですわ。初めまして」
ヴィオレットが手を差し出すと、妖精は小さな手で指先を掴んだ。
そして、ヴィオレットが本に戻るようお願いすると、素直に入っていく。
「まずは一体目、捕獲成功ですわ!」
あっさり妖精を捕まえたヴィオレットを見て、ハイドランジアはボソリと呟く。
「解せぬ」




