元嫁は魔法師団に入団する
ヴィオレットは正式に魔法師団に入団し、魔法図書部の部長となった。
制服は、ドレスの上に着る外套が支給された。襟や袖口には金糸で縁取られ、銀色の飾り紐は、水晶で留められている。
魔法師団の外套に袖を通すと、本当に魔法使いになったのだと実感していた。
そして、すぐに勤務は開始される。
女性初の団員で、管理職にいきなり抜擢された。もしかしたら、妬まれるかもしれない。そんなことを考えていたが、魔法師団の団員はヴィオレットに興味を抱かないらしい。
基本、魔法使いは研究者気質である。自分と自分の専門、それからハイドランジアのこと以外は無関心のようだ。
さらに、魔法師団は実力至上主義であることが明らかとなる。
性別、身分、関係なく、結果を残したものが尊敬され、偉くなる。ちなみにクインスは、ハイドランジアが町中で才能を見いだし自腹で魔法学校に入学させた。
結果、クインスは、十九歳という若さでハイドランジアの秘書を務めるまでとなったのだ。
魔法使いの社会の仕組みを聞いたヴィオレットは、ホッと胸をなで下ろす。女性が働くことに否定的な社会であるが、魔法師団はそうではないのだ。
やる気も漲り、気合いを入れて出勤する。
ハイドランジアとは別に、馬車で出勤した。もう夫婦関係ではないので、なるべく別々に行動するように心がける。
もちろん、スノウワイトと竜の子も一緒だ。
スノウワイトは大きな体を丸め、馬車の中で眠っている。そろそろ、馬車に乗せるのは難しい大きさだろう。
一方、竜の子はヴィオレットの膝の上で、嬉しそうに尻尾を振っていた。
新しい挑戦が始まる朝は、ヴィオレットを祝福するかのように雲一つない晴天だった。
ヴィオレットが命じられたのは、魔法書が保管されている図書室の司書だ。そこは、ハイドランジアの許可なしでは足を踏み入ることが許されない場所で、禁書も大量に保管されている。
ハイドランジアの案内で、図書室へ足を踏み入れた。
まず出入り口に設置された、精巧な二体のガーゴイルにヴィオレットは戦く。
見開いた琥珀色の目は、じっとりと濡れているように見えた。漆黒の肌も、作り物にはない照りがあるように思える。
「ヴィー、どうした?」
「い、いえ……こちらのガーゴイルは、ローダンセ公爵家にあるものに比べたら、本物みたいというか、まるで生きているようだな、と」
『生きているよ!』
『生きてる!』
「きゃあ!」
ガーゴイルが急に動き出し、ヴィオレットに顔を近づけてきた。驚いて、思わずハイドランジアの腕にしがみついてしまった。
「な、な、なんですの!?」
「ここには、本物のガーゴイルを設置している。でないと、忍び込んで、貴重な魔法書を盗む輩が出てくるだろう?」
「ま、まあ、それは素晴らしい心がけですこと。でも、教えてくださらないと、驚きますでしょう?」
「まさか、ヴィーがここまで驚くとは、思わなかったから」
そう言って、ハイドランジアはいたずらが成功した子どものような笑みを浮かべる。
ヴィオレットは悔しくなって、奥歯を噛みしめた。
「こういうことは、事前にお話していただけると助かるのですが」
「すまなかった。まさか、怒るとは思いもしなかった」
「誰だって、怒りますわ」
「しかし、怒った相手の腕にしがみつきながらだと、迫力は半減以下だな」
「なっ!?」
ここで、ヴィオレットはハイドランジアにしがみついたままだったことに気づく。
慌てて離れ、明後日の方向を見上げた。
目線を合わせないまま、会話を続ける。
「それはそうと、ハイドランジア様、職場では、わたくしのことは愛称で呼ばないほうがいいかと」
「他の者がいない場所ならば、問題ないだろう。私も、その辺はわきまえている」
「ここは、ガーゴイルがいますでしょう?」
ヴィオレットが指摘した瞬間、片方のガーゴイルは耳を塞ぎ、もう片方のガーゴイルは目と口を塞いだ。
「ガーゴイルは、見ざる、聞かざる、言わざるを信条としている」
「初めて聞きましたわ」
「まあ、このガーゴイルは、口が堅い。本を盗む者以外にも興味は持たぬ。気にするな。だから、こんなことをしても、一向に気にしない」
そう言って、ハイドランジアはヴィオレットの腰を引き寄せる。
「きゃっ! な、何をしますの?」
離れようと身じろいでも、びくともしない。
いったい何のつもりなのか、キッと鋭い視線をハイドランジアに投げかける。
「ガーゴイルが気になるのだろう? ヴィーを抱き寄せても心配ないということを、示しているのだ」
「心配ないって――!」
ガーゴイルのほうを見ると、塞がれていた耳は宙に浮き、目を塞いでいた手は開かれ、口元の手も離されて『あつあつだー』なんてことを言っていた。
「ハイドランジア様、ガーゴイルが、こちらの会話を聞いて、見て、何か喋っていますわ」
「ん?」
ハイドランジアがガーゴイルのほうを見ると、きちんと見ざる、聞かざる、言わざるの恰好を取る。
「問題ないではないか」
「さっきは、姿勢が崩れていましたの!」
胸を拳で叩いたら、解放された。ドキドキする胸を押さえながら、抗議する。
「こういうことも、人前でしてはいけませんので」
「するわけがないだろうが」
「怪しいですわ」
ハイドランジアは猫のようにフーフー怒るヴィオレットを、目を細めて眺める。
思いのほか優しい眼差しに、ヴィオレットはますますどぎまぎしてしまった。
ハイドランジアはゴホン! と咳払いし、話し始める。
「では、ここでの業務を説明しよう」




