元嫁は、魔法師団を見学する
ヴィオレットへの魔法師団の案内は、クインスが担ってくれた。
竜の子とスノウワイトは執務室に置いて行きたかったが、ハイドランジアと留守番するのを嫌がったため連れて行くことになった。
廊下を歩く人は、ヴィオレットの抱く竜とスノウワイトを見るたびにギョッとしていた。悲鳴を上げ、腰を抜かす者もいる。
「契約している幻獣なので、大丈夫ですよ。驚かせて、すみませんねえ」
前を歩くクインスが謝って回る。
伝説の幻獣を二体も従えているので、驚くのも無理はないのだろうが。
あっさり受け入れたクインスは、規格外な存在なのだ。
へらへらしている印象だが、ハイドランジアの秘書を務めるだけある。肝が据わっている男なのだろう。
ヴィオレットはそんなことを考えつつ、魔法師団の廊下を歩く。
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下は、先が見えないほど長い。
「思っていたよりも、大きな組織ですのね」
「ええ。ローダンセ公爵家が財産をこれでもかと使って造ったものですからねえ」
「いったい、どれだけの規模の魔法使いが動いていますの?」
「人数は事務を含めて三千人くらいですね。師団は一万人以上を示す言葉なのですが、初代師団長がそれだけの人数を揃えたいという願望を含めて、魔法師団と名乗るようになったようです。内部は八つの部署があって、それぞれ活動しています」
まず、案内されたのが、『特殊魔法騎兵隊』。魔法でしか倒せない魔物が出現した時など、出動が命じられる。たまに、騎士隊の遠征に同行し、魔物討伐を手伝うことがあるらしい。
結界の魔法陣が描かれた中で、訓練をしていた。
魔法騎兵が跨る馬には、魔法除けのお守りが首からかけられている。
槍のように長い杖を掲げ、呪文を唱える。すると、雷鳴が轟き、雷が落ちた。それを、もう一人の魔法騎兵が魔法の盾を作り出して防ぐ。
派手な一騎打ちである。
馬に跨って攻撃魔法を操る騎兵隊は、物語の英雄のようにカッコよく見えた。
次に、『魔法保護部』と書かれた看板が扉に掛けられた部屋に辿り着いた。
「ここは遺跡で発見された魔法書や石板を書物に書き写して保管したり、地方へ調査に入ったりする部署です」
中に入ると、三名の団員がいたが、誰もヴィオレットとクインスの様子を気にしなかった。
皆、発掘された魔法にしか興味がないようである。
続いて案内されたのは、『魔法研究部』。魔法に関するありとあらゆる研究をしている。
関係者以外立ち入り禁止のようで、中の様子は見ることはできなかった。
「まあ、雰囲気は魔法保護部と似たようなものです」
「魔法使いって、変わった人が多いと聞きますが、その辺はどうですの? 意外と仲良くやっていますの?」
「変わった人は多いですねえ。皆、魔法マニアで、それぞれ興味ある魔法が異なりますから、意見が合うことはありませんし。仲良く和気あいあいとした職場でないことは確かです」
「そうですのね」
「ですが、魔法師団に所属している魔法使いは皆、ローダンセ師団長を敬愛していることだけは確かですね」
「素晴らしいことですわね」
クインスと話をしているうちに、次の部署に辿り着いた。
「こちらは、『回復魔法部』です。言葉の通り、怪我をした人が運ばれ、回復魔法で治療してくれるところですよ」
白いカーテンで遮られた部屋に一歩足を踏み入れると、爛々とした目の若い魔法使いが顔を出す。
「怪我人かい!? どこを負傷している? 骨折? 刺し傷? それとも目が抉れた?」
「あ、すみません。今、案内中でして」
「怪我人はいないと?」
「ええ、まあ」
クインスがそう答えると、魔法使いはがっくりと肩を落とし、部屋の奥へと消えて行った。
「まあ、ここも、個性的な人がいまして」
「ええ。そのようですわね」
背後で、スノウワイトが『にゃ~~~~……』と間延びした鳴き声で鳴く。見学するのに飽きてしまったらしい。すれ違う人にジロジロ見られるのも、気に入らないようだ。
「残りは、どんな部署がありますの?」
「魔道具の管理を行う『魔道具管理部』に、魔法の歴史を調査する『魔法歴史部』、新しい魔法を研究する『魔法開発部』、禁術の管理を行う『禁術保管部』ですね。まあ、基本的に部内の雰囲気は似ているかと」
「わかりましたわ。ありがとうございます。スノウワイトが疲れたようなので、執務室に戻りますわ」
「それがいいかもしれませんね」
来た道を戻り、執務室へと戻った。
ハイドランジアの机の上には、大量の書類が積んである。視線を寄越さずに、話しかけてきた。
「何か、興味がある部署はあったか?」
「魔法騎兵隊が、とても素敵でしたわ」
「魔法騎兵隊に入りたいのか?」
「それは──」
ヴィオレットはスノウワイトに跨り、竜の子を従えて戦う様子を想像してみた。
とてつもなく、カッコイイ。
ただ、魔法騎兵隊はヴィオレットがしたいこととズレているような気がした。
「いいえ、魔法騎兵隊は、わたくしには合っていないかと」
「ならば、何がしたいのだ?」
「そうですね、こう、コツコツとできるお仕事がいいかなと」
「コツコツ、か」
ハイドランジアは羽根ペンを置き、顔を上げる。美しい銀の髪がサラリと流れた。
太陽の光を浴びた髪は、絹のように輝いていた。切れ長の目が、ヴィオレットの姿を捉える。
目が合った瞬間、ヴィオレットの胸はドキンと高鳴った。
この美貌は、毎日見ても慣れないのだ。
「どうした?」
「なんでもありませんわ。それで、わたくしにできそうな仕事はありますの?」
「ふむ。では、『魔法図書部』を新設し、そこの司書でも頼もうか」
「魔法図書部の、司書、ですか?」
「ああ、そうだ。あそこは貴重な本が無造作に保管されている棚がある。それを、整理してほしい。今まで気になっていたのだが、他人に任せられる場所ではないからな」
「わたくしは、他人では?」
「いいや、お前は、私の特別な弟子だろう」
「そう、でしたわね」
弟子──そうだったと、ヴィオレットはハイドランジアとの関係を思い出す。
いったい、何を期待していたのか。
ヴィオレットは内心ガッカリしていたのだ。
「それで、どうだ?」
「ええ、わたくしに、お任せくださいませ」
そんなわけで、ヴィオレットの魔法師団での仕事が決まった。




