デレデレエルフは元嫁に堂々とキスをする
突然口付けがしたいなどと述べたので、ヴィオレットは可愛らしい猫の口をぽかんと開いている。
『他に、方法はありませんの?』
「残念ながら、ない」
『……』
せっかくハイドランジアの膝の上で寝転がっていたのに、ヴィオレットは我に返ったのか起き上がってしまう。
毛がぶわっと膨らんだのは、警戒からなのか。
「ヴィーよ、これはヴィーのためにしているのだぞ?」
『……』
「まあ、イヤならば、他の案を考えるとしよう。かなり、時間がかかると思うが」
『イ、イヤではありませんわ。これは、わたくしが人の姿に戻るためですもの!』
「そうだ」
『ハイドランジア様、どうぞ、わたくしに口付けを』
ヴィオレットはぎゅっと目を瞑り、ハイドランジアのほうへと顔を上げた。
「──ッ!」
世界最高の、キス待ちの顔である。可愛すぎるにもほどがあった。
きっと、ただの猫ではここまで胸がときめくことなどないだろう。
ヴィオレットだからこそ、ドキドキするのだ。ハイドランジアはそう思っている。
外套で包んでいた上着ごとヴィオレットを抱き上げ、口にそっとキスをした。
すると、魔法陣が浮かび上がり、発光したのちにパチンと音を立てて霧散した。
強い光に周囲が包まれたのでハイドランジアは瞼を閉じる。しかしその光は、すぐに消えてなくなった。
同時に、ずっしりと今までとは違う重みを膝に感じた。
そっと瞼を開けたら、人の姿に戻ったヴィオレットの姿があった。
「ほ、本当に、ハイドランジア様の口付けで戻りましたわ」
「みたいだな」
今回はハイドランジアの外套を纏っているので、産まれた時の姿ではない。
しっかり袖を通した状態で、戻ったようだ。
ヴィオレットを背中から抱くようにして膝に座らせたまま、ハイドランジアはさらなる要求をする。
「ヴィー、一度、にゃーと鳴いてみろ」
「え?」
「忘れたのか? 猫の鳴き声は猫化の詠唱のようだっただろう?」
以前までは、「にゃー」と鳴くことが猫化となる引き金だった。
今度はそれができるか、試してみる。
「……」
「ヴィー、どうかしたのか?」
「あ、いえ。また、猫になって戻れなくなったら、どうしようかと」
「その時はまた、私がヴィーに口付けをすればいいではないか」
「あ、そ、そうですが」
きっと、何度してもヴィオレットにとっては恥ずかしい行為なのだろう。
頬を紅く染め、潤んだ目でハイドランジアを見上げ、困った表情を見せている。
あまりの可愛さに、もう一度、キスがしたくなる。
しかし、ヴィオレットにこれ以上嫌われたくないので、ぐっと我慢した。
「せっかく人の姿に戻ったのだから、また、明日にするか」
「いいえ、今、できますわ!」
負けず嫌いのヴィオレットは、今すぐできると言い切った。居住まいを正そうとしたので、ハイドランジアは待ったをかける。
「ヴィー! あまり、人の姿で動くな!」
「すみません。今、膝から下りますわ」
「いや、そのままでいい。ただ、あまり身じろぐなと言っているだけで」
「重たいのでは?」
「重くはない。ただ、別のことで困っている」
「?」
小型の猫と違い、人のヴィオレットとの距離はあまりにも近い。
匂いや触れた感覚、その身に感じる重みが、まるで違う。ちょっと動いただけで、ハイドランジアは大きな衝撃を受けてしまうのだ。
「具体的に、どんなことで困っていますの?」
「それは……」
ムラムラする、などと正直に言えるわけがなかった。ここは、沈黙を貫き通す。
「私のことはいい。早く、にゃーと鳴いてみるのだ」
「ええ、そうでしたわね」
ヴィオレットは息を大きく吸い込み、深く吐き出す。
そして、彼女は「にゃあ!」と躊躇うことなく鳴いた。
すると、先ほどと同じように、ヴィオレットの前に魔法陣が浮かび上がって強く発光する。
パチンと音が鳴ると、ヴィオレットの姿は人から猫へと変わっていった。
『ね、猫に、なりましたわ』
「ならば、猫化の魔法は自在に使えるようになったのだろう」
『不思議ですわね』
「不思議でもなんでもない」
ハイドランジアは猫化したヴィオレットの頭を撫でつつ言った。
「ヴィーの魔力は、私の傍にいてこそ安定する。そのため、常に傍にいれば、魔法は自在に操れるのだ」
『ということは、わたくしはハイドランジア様から離れられない、ということですの?』
「そうみたいだな」
再び、ヴィオレットの毛がぶわりと膨らむ。これが意味することは、イヤだと思っているのか。それとも、別に構わないと思っているのか。
ハイドランジアにはわからない。
「どうせ、ヴィーは魔法師団に入団するのだろう。ならば、いつも一緒だ」
『ハイドランジア様、本当に、わたくしを魔法師団に入れてくださるの?』
「そうだ。嘘は言わない」
そう答えると、ヴィオレットの耳と尻尾がピンと立つ。
これは、喜んでいるということが見て取れた。
「初の女性団員だから、苦労するかと思うが」
『今まで、いませんでしたの?』
「そうだな。男社会に入ってまで、魔法使いとして活躍したいと望む女性はいなかった」
『なんだか、複雑ですわ』
魔法を習うのには、多大な金がかかる。裕福な貴族でも、なかなか手出しできる学問ではない。
今の時代、貴族女性が社会でもっとも貢献できることが結婚である。
そのため、女性魔法使いという存在が稀なのだ。
「ヴィーはどうしたい?」
『わたくしは──魔法を使って国のために働きたいと、思っています』
ハイドランジアはヴィオレットを高々と抱き上げて叫んだ。
「それでこそ、ヴィーだ! 私は、誇りに思うぞ!」
『は、恥ずかしいので、下ろしてください』
「ふむ。すまなかった」
ヴィオレットを膝に下ろしてからも、ハイドランジアは満足げな目で愛おしい猫を見つめていた。




