喜びエルフと、猫な元嫁
ハイドランジアはすぐさまポメラニアンを捨てて、ヴィオレットのもとへと駆け寄る。
「なんてことだ! こんなに近くにいたとは!」
ヴィオレットの体を抱きしめ、頬擦りしようとしたら前足で阻止される。
『お、おろしていただけます!? わたくしとあなた、今は他人同士でしょう?』
「そうだ。そうだが、まだ、師弟関係は続いているだろう」
『……』
ハイドランジアの目は潤んでいた。そんな彼に、ヴィオレットは首を傾げる。
『どうかなさって?』
「私は今、感動しているのだ!」
『え、感動?』
ハイドランジアは、ヴィオレットに結界の張り方を教えた。これを覚えていたら、もしも何かあった時に自身を守ることができる。
「結界魔法を応用し、ヴィーの気配を完全遮断する魔法を編み出すとは、天才かと思った!」
『で、ですが、魔法は完全ではありませんでしたわ。わたくし、このお屋敷のすべてから気配を消すように魔法を構成したつもりでしたの。でも、ハイドランジア様は、わたくしの魔力を読み取りましたわ』
「それは仕方がないだろう。私はヴィーの師匠だ。展開された魔法から、情報を読み取ることはたやすい。ヴィーの魔力を、よく知っているからこそできることだ」
『そうでしたのね』
「ああ。ヴィーは自慢の弟子だ!」
ハイドランジアはヴィオレットの体を高く上げ、誇らしげな表情で叫んだ。
『は、恥ずかしいので、や、止めていただけます?』
「恥じる必要などない。誇るがいい。己の、魔法の才能を」
『恥ずかしいのは、わたくしを高く上げることですわ!』
これ以上嫌われたくないので、ハイドランジアは空気を読んでヴィオレットを下ろした。
ハイドランジアは片膝を突き、ヴィオレットに深く頭を垂れる。
「ヴィオレット、すまなかった。私は浅慮で、愚かだった」
『……』
ヴィオレットはツンと顔を逸らし、ハイドランジアを見ようとしない。
「何をしたら、赦してくれるのか……」
その言葉に、ポメラニアンが助言する。
『元嫁の足でも舐めたらよいのでは?』
「なっ!?」
『いや、猫好きのお前では、ご褒美になるか』
確かに……。そんな言葉は呑み込む。冷ややかなヴィオレットの目線が突き刺さっていたからだ。
「まあ、よい」
ハイドランジアは開き直った。謝罪を受け入れてもらえないのは、無理もない。それまで、さんざん勝手なことをしたのだから。
それよりも、謝罪の次に目的であった話題に移る。
「この件はひとまずおいて。ヴィー、一つ聞きたいことがある」
『なんですの?』
「私の職場で、働く気はないか?」
『え!?』
ハイドランジアの職場とは、魔法使いの軍隊である。ヴィオレットの魔法の才能を見込んで、スカウトをしにきたのだ。
「猫化という美点……ではなく、弱点を克服した今、ヴィーの魔法の才能は、生かすべきだと思っているのだが」
『……』
「国のため、そして、魔法文化を守るために、尽くしてくれないだろうか?」
ヴィオレットはじっと、ハイドランジアを見上げる。
「ヴィー、頼む。力を貸してくれないか?」
『な、なぜ、わたくし、ですの?』
「ヴィーならば、私の跡を任せられると思った」
『あ、跡って!』
「いつ死ぬか、わからないからな」
『ど、どうして、そんなことを言いますの? あなたみたいにふてぶてしい人が、すぐに死ぬはずありませんのに!』
「しかし、私よりふてぶてしい父は死んだ」
(おい、謙遜するな。お主ら親子のふてぶてしさは、同じくらいだぞ)
(こいつ、ポメラニアンめ……直接脳内に!)
ポメラニアンがいちいち茶々を入れてくるので、話があまり進まない。
ハイドランジアはゴホンと咳払いし、気を引き締める。
「ヴィー、もう一度、私と一緒に来てくれ。結婚してくれとは、言わないから」
『……』
「頼む」
再び、ハイドランジアは深く頭を下げた。
『ハイドランジア様……わたくし、どうすればいいのか……』
「無理強いはしない」
『いえ、そうではなく』
「どういうことなのだ?」
『実は、その、なんといいますか……』
どうにも歯切れが悪い言い方をする。
ハイドランジアはヴィオレットを抱き上げ、どうかしたのかと問いかける。
「言いにくいことであれば、今日でなくてもよいのだが」
『いいえ。今、言わせていただきます』
ヴィオレットのふわふわの体を堪能しながら、ハイドランジアは耳を傾ける。
『わ、わたくし、また、猫の姿から、人の姿に戻れなくなりまして』
「なんだと!?」
『いろいろ、試してみたのですが……』
竜の子がヴィオレットの魔力に干渉しているのかと思って調べたが、その可能性はゼロに等しい。契約している白大虎は、そのような力などなかった。
ここで、ポメラニアンがある可能性を指摘してきた。
(元嫁は、お前の魔力を支えとしていたのではないか?)
(どういうことだ?)
(わかりやすくいったら、妖精が世界樹に依存して存在するのと同じ)
(なるほど。ヴィーの魔力は私を礎として、使っていたと)
つまり、ヴィオレットはハイドランジアの傍でしか、魔法の制御ができないということになる。
「ヴィー、猫化について、一度我が家で調べる必要がある。一緒についてきてくれないか?」
いつもより下手に出たからか、ヴィオレットはコクリと頷いた。




