やもめエルフは新しい可能性を知る
ハイドランジアはなんとか一日の仕事を終え、馬と共に帰宅を果たす。
出迎えた中にバーベナがいたため、震える声で質問した。
「バーベナ、何か、ヴィーから連絡は」
「特にないです」
「んん?」
「奥様から、特に連絡はないですよ」
「……」
膝から頽れそうになったが、ここは使用人がいる。打ちひしがれるならば、自室にしなければ。
ハイドランジアはよたよたと、部屋に戻っていく。
まっすぐ寝室に行って、そのまま布団に倒れ込んだ。
「──終わった」
今日、国王に会ったついでに、婚姻届は破棄してきた。
本日より、ハイドランジアは独身となる。二人の結婚はなかったものとされた。
誰がなんと言おうが、二人の間に結婚の事実はなかったこととする。
結婚式は挙げていないし、初夜はなかった。
これでいいのだと、ハイドランジアは自身に言い聞かせる。
涙が滲んできたところに、ポメラニアンがやってきて寝台に飛び乗った。
『おい、やもめエルフよ』
「誰がやもめエルフだ」
『お前しかおらぬだろう。それよりも、いつまで落ち込んでいるぞよ』
「短い人生、己を儚んでいても、問題はないだろうが」
『情けない。天界に昇った父親が聞いたら、嘆くぞ』
「好きなだけ嘆くといい。もう、父のことなどどうでもよい」
それよりも、胸の中がぽっかりと空いたような喪失感をどうにかしたい。
いつの間にか、ヴィオレットはハイドランジアの心を満たす存在となっていた。
彼女と同じ時を生きられるならば、どれだけ幸せだったか。
「私の計算が正しければ、三十になる前に命は尽きるだろう」
魔力の蓄積は日に日に増している。
体が魔力を受け止めきれなくなるまで、時間の問題だろう。
『そういえば、元嫁の魔力だが、竜がいなくとも、高い数値のままでいるぞ』
「な、なんだと!? ただの人間が、高い魔力を有しているのに、存在し続けることが可能なのか!?」
『もしかしたら、元嫁は体内に神杯を持っているのかもしれない』
「おい、神杯とはなんだ? そんな話、聞いたことがないぞ」
『なんだ、知らなかったのか?』
「初めて聞いた」
ポメラニアンを捕獲しようと手を伸ばしたが、寝台の下に逃げられてしまう。
『何をするのだ!』
「いいから、説明しろ」
ポメラニアンは一度舌打ちをしたのちに、渋々といった様子で神杯について説明する。
神杯とは、魔力を無限に貯めることができる神々より授けられし祝福のことだ。
ポメラニアンの話を聞いたハイドランジアは、ガバリと起き上がった。
「ヴィーの神杯に、私の魔力を注ぐ魔法を作ったら、私は死から逃れられるのではないか!?」
『そうだが、まだ元嫁が神杯を持っているか、わからんぞ』
「そうだな。では、ヴィーを迎えに──」
『お主、自分から離婚しろと迫った癖に、たった一日で連れ戻しに行くのか?』
「……」
ハイドランジアの都合で、ヴィオレットを振り回してしまう事実に頭を抱える。
もう、二人の結婚は無効となってしまった。
『もう、お主なんぞ軽蔑の対象。今はきっと死ぬほど大嫌いになっているだろう』
「大嫌い、か。たしかに、言われたな」
『果たして、死ぬほど大嫌いな元夫に、協力してくれるのか』
「……」
『女性は、一度無理と思った相手を受け入れることはないという話を、聞いたことがあるぞよ』
「それは、本当なのか?」
『お前に嘘をついてどうする』
「そ、それもそうだな」
どうしたら、ヴィオレットと復縁できるのか。考えれば考えるほど、わからなくなる。
『求愛行動をしたらどうだ?』
「大嫌いだと言われているのに、求愛行動しても意味がないだろうが」
『する前に、諦めるというのか?』
「それは……。そもそも、求愛行動とはどんなことをする?」
『特別に、見せてやろうぞ』
ポメラニアンは寝台の上に乗り、凛々しい顔をする。
そして、寝台に寝転がって、腹を見せた。
『きゅ~ん』
「……」
低音でドスの利いた、「きゅ~ん」だった。ハイドランジアは全身に鳥肌を立たせる。
『見たか? これが、完璧な求愛行動ぞ!』
「ただの服従のポーズではないか!」
『精霊界では、これがメジャーぞよ!』
「お前に聞いた私が大バカ者だった!」
ハイドランジアは立ち上がり、ポメラニアンを抱き上げる。
『ぬう! このやもめエルフ、何をする!』
「一緒に来い」
『どこに行くというのだ!?』
「ヴィーの実家だ」
ハイドランジアは転移魔法を展開させ、ヴィオレットの実家であるノースポール伯爵家に移動した。




