邪竜vsポメラニアン、そして嫁
エゼール家の魔法使いの体を食べつくした邪竜は、翼を広げ低く嘆くように鳴いた。
空気がビリビリと震え、地面がぐらぐら揺れる。
ポメラニアンはすぐさま攻撃に出る。
『輝きよ、降り注げ──閃光驟雨!』
光の雨が邪竜に降り注ぐ。
邪竜は闇属性で、光魔法に弱い。千年前、ポメラニアンはこの魔法で魔王に止めを刺したのだ。
まばゆい光の光線が、邪竜の鱗を剥ぐように鋭く抉っていく。
そこに、ヴィオレットが炎魔法を撃ち込んだ。邪竜の肉は焼け、炭と化す。
しかし、傷を負ったのと同時に、傷口が回復した。
「あ、あれは、なんですの!?」
回復魔法は光属性である。なのになぜ、邪竜が使えるのか?
ポメラニアンは忌々しいとばかりに、呟いた。
『あれは、違背治癒ぞよ』
回復魔法は自身の魔力と引き換えに傷を治癒する光魔法である。一方、違背治癒は自身の命と引き換えに行う闇魔法だ。
竜は永遠に等しい命を持つ。そのため、違背治癒を使う竜に勝ち目はほぼない。
「竜の命が尽きる前に、こちらの魔力や体力が切れると」
『そうぞよ!』
ポメラニアンが千年前に戦った魔王は、違背治癒は使わなかった。それでも、勇者と共に苦戦を強いられた。
傷を治した邪竜が、反撃に出る。翼をはためかせ、塔の上からポメラニアンとヴィオレットを落とそうとする。
『むうっ!』
「きゃあ!」
すぐさまポメラニアンが結界を張り、風を防ぐ。
風が効かないことがわかると、邪竜は天高く舞い上がる。息を大きく吸い込み、空気中の魔力を集め闇の力に変換している。
『まずい! あれは、竜の吐息ぞよ!』
ポメラニアンの結界でも守り切れない。最悪、塔どころか、王都の半分が吹き飛ぶだろう。
『これから守れるのは、結界魔法を得意とするハイドランジアしか──』
その呟きを聞いたヴィオレットは立ち上がり、ハイドランジアのほうへと駆けて行く。
にゃー! と叫んで猫化すると、青白い顔色のハイドランジアの頬を肉球でぺちぺちと叩き始めた。加えて、叱咤もする。
『旦那様!! いつまで寝ていますの!? 起きてくださいまし!!』
『お、おい……そやつは、もう』
『生きていますわ!! わたくしが、魔力を与えましたもの!!』
死に瀕したハイドランジアに、ヴィオレットは自身の血を与えていた。
ヴィオレットの魔力は強大で、受け入れる側に適性がないと拒絶反応を示す。
以前、ハイドランジアはヴィオレットの魔力の結晶を口にしたことがある。濃度は薄いものだったが、拒絶反応はなかった。
ただ、今回は魔力が濃い、血を与えた。体がなんともないわけにはいかない。
『受け入れた場合、体の魔力構成も変わっていると思います。新しい、ハイドランジア様になっているはずです』
『なるほど! ならば今は、仮死状態になっている状態か!』
『おそらく、ですけれど』
ポメラニアンもハイドランジアのもとに駆け寄り、頬を肉球でぺちぺちと叩く。
『おい、起きろ! このぐっすり快眠エルフが!』
『そうですわ! 旦那様、今起きたら、好きなだけ、撫でてもかまいませんことよ!!』
ヴィオレットの叫びに反応するかのように、ハイドランジアの睫毛が揺れた。眉がピクピクと動く。
『ハイドランジア!!』
『ハイドランジア様!!』
ポメラニアンとヴィオレットが、同時に名前を呼んだ。
ハイドランジアは、目を覚ます。
「うう……私は」
『おい、今すぐ王都全体を覆いつくす結界を展開させろ!』
「は?」
『いいから早く』
『ハイドランジア様! お願いいたします』
「ヴィー……。わかった」
ハイドランジアは物分かりのいい男だった。すぐさま右腕にヴィオレット、左腕にポメラニアンを抱き、結界を展開させる。
王都の至る場所に埋めている魔法の薔薇の魔力を解放させ、王都全体を包むような結界を発動させた。
ハイドランジアはずっと、何かあった時のために、仕掛けを用意していたのだ。
邪竜の吐息が吐き出されたのと同時に、結界が完成する。
光の膜が、王都全体を覆った。
邪竜の吐息は、王都を黒く塗りつぶすかのように広がっていく。
それを、ハイドランジアの結界が弾き返した。
ビリビリと音をたて、結界は震えていた。
ハイドランジアの額にはびっしりと汗が浮かび、頬に滴っていく。
「くっ……!」
邪竜の魔力を吐き出す吐息は、ハイドランジアの結界に罅を入れた。
このまま壊れるかと思いきや、ハイドランジアは結界にさらなる魔力を注ぎ込む。
罅は修復され、さらに強度を増す。
しかし、今度は邪竜が結界に体当たりをしてきた。何度も何度も体を打ち付けてくる。
大地は激しく揺れ、術を展開させるために必要な集中力が途切れかけていた。
結界の強度が安定しない瞬間を狙い、邪竜は吐息をぶつける。
とうとう結界は消えてしまった。
邪竜は勝利の雄叫びを上げ、空高く舞い上がる。
そして、今度は闇の大魔法を展開させようとしていた。
『あ、あれは!』
『なんですの?』
「闇の行軍……魔物を召喚する闇の上位魔法だ」
『なんですって!?』
この魔法が展開させたら、王都中魔物だらけとなる。なんとしてでも、阻まなければならない。
『邪竜……赦しませんわ!!』
ヴィオレットは勇ましく叫んだ。その声に応えるように、パキンと何かが割れる音がした。
『むう?』
『なんの音ですの?』
パキン、パキンと続けざまに割れる音がする。それは、ポメラニアンの背中から聞こえていた。
ハイドランジアは、腕に抱くポメラニアンを凝視しながら言った。
「竜の卵が──割れた」




