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エルフ公爵は呪われ令嬢をイヤイヤ娶る  作者: 江本マシメサ


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沈黙エルフと奮闘のポメラニアン

※残酷な描写あり

 ハイドランジアは血を吐き、倒れる。


「ハイドランジア様!」

『近寄るでない!!』


 ポメラニアンの制止を聞かず、ヴィオレットはハイドランジアのもとへ駆け寄る。

 顔色は真っ青で、口元から血を滴らせていた。

 ヴィオレットは迷うことなく、ハイドランジアの口に唇を寄せる。

 口の中の血を吸いだし、手巾に吐きだした。それを何度か繰り返す。


 そうこうしているうちに、空には暗雲が渦巻き、雷鳴が轟いていた。


『おい、そのようなことを、している場合ではない。早く、ここから立ち去れ』


 ヴィオレットはポメラニアンの言葉を無視し、息が詰まらないよう血を吸いだしていた。


『ハイドランジアは、もう……』


 ポメラニアンは低い声で事実を教える。心音がしていない、と。

 それでも、ヴィオレットは救命活動を止めなかった。

 ヴィオレットの頰に涙が伝う。

 ポメラニアンは見ないふりをしていた。


 ゴロゴロと鳴いていた空から、稲妻が走る。

 ドン! と、塔が揺れるほどの大きな音が鳴った。


『くうっ!』

「ッ!」


 魔法陣の上に、暗雲と共に雷が落ちた。

 もくもくと立ち上る雲は、生き物の形へと化していく。

 それは見上げるほどに大きく、長い首にどっしりとした胴体、四つの足に長い尾を持ち、大きな翼のようなものがあった。

 強い風が吹くと、暗雲が晴れていく。

 そこにあるのは、圧倒的な力。

 魔の化身であり、ある時は魔の王とも呼ばれた邪悪なる存在であった。


 それは、邪竜。

 見上げるほどに大きく、大蛇のような尾をくねらせていた。

 黒い鱗の一枚一枚に棘があり、毒を含んだ瘴気を纏っている。

 普通の人間だったら、近づいただけで死んでしまうだろう。

 咄嗟に、ポメラニアンは結界を張ってヴィオレットを守った。

 ひとまず退散を。そう思って転移魔法を発動させようとしたが、ヴィオレットがそれを拒む。

 いまだ、ハイドランジアを蘇生させようと、一人奮闘していたのだ。


『なんてことを……!』


 ハイドランジア同様、ヴィオレットも言いだしたら聞かない。

 そもそも、どうしてこのような事態になってしまったのか。

 ハイドランジアの妨害は完璧だった。それなのに、邪竜は召喚されてしまった。

 つまり、ポメラニアンですら想像していなかった仕掛け・・・があったのだ。


「ははは、ははははは!!」


 エゼール家の魔法使いは、邪竜召喚の成功に歓喜していた。

 これで、何もかも自分の思い通りになると確信しているのだろう。その姿はあまりにも無防備だった。


 ふいに、強い風が吹く。

 それは、死神の鎌のように鋭いものだった。


「──なん、だ?」


 エゼール家の魔法使いの首が宙に舞う。

 血が弧を描き、三日月のように形を成す。


 邪竜の尾が、エゼール家の魔法使いの首を刈ったのだ。

 飛んだ首は、邪竜が丸呑みにする。

 残った体も、バリバリと音を立てて食べ始めた。


『なるほど、そういうことか……!』


 邪竜召喚の術式に、術者の命も含まれていたのだ。

 魔法使い自身を捧げる魔法は、いくら高位の魔法使いであっても防ぎようがない。

 古代の魔法式だったため、エゼール家の魔法使いは己の命をも捧げる魔法だと知らなかったのだろう。


 ポメラニアンは振り返って、ヴィオレットに向かって再度叫んだ。


『ええい、そんなことをしておる場合か!!』


 口をハイドランジアの血で真っ赤に汚したヴィオレットは、何かの術式を展開させていた。

 それを、ポメラニアンは体当たりをして阻む。

 魔法陣は消え、ヴィオレットも倒れ込んだ。


「な、何を、しますの!?」

『それは、こっちの台詞ぞよ!!』


 ヴィオレットが行おうとしていたのは、人体蘇生術である。

 術者の命を捧げるのと引き換えに、死んだ者を生き返らせる禁術だ。

 前世にあった知識を利用し、ハイドランジアを生き返らせようとしていたようだ。


「わたくし、ハイドランジア様のいない世界では、生きていても楽しくありません」

『妻の命と引き換えに生き返って、そやつが喜ぶと思っているのか?』

「……」

『無駄に自尊心プライドの高い男だ。衝撃を受け、引きこもってしまうのかもしれん! お前は、この男を、引きこもりにしたいのか!?』

「それは……」

『こいつの犠牲を無駄にするな! お主だけでも、生きよ!』


 ポメラニアンは転移魔法を展開させ、ヴィオレットだけでも逃がそうとする。

 単独で、どこまで邪竜と戦えるのか。わからなかった。

 千年前は勇者がいた。

 しかし今は、いない。


 ただ、勇者の遺言を守り、この王都を守るしかない。

 ポメラニアンは一人、邪竜と対峙する。

 エゼール家の魔法使いの体を貪っていた邪竜は振り返る。

 口元から血を、垂らしていた。目を細め、ポメラニアンを見る。


『ふん。綺麗に食事もできぬようだな』


 体が震える。恐ろしくてそうなっているのではない。

 怒りで震えていたのだ。

 ハイドランジアは死んだ。仇を討たなければならない。

 でないと、ハイドランジアは安らかに眠れないだろう。


『絶対に、赦さぬ!!』


 叫ぶポメラニアンを、抱きしめる存在があった。

 ヴィオレットである。


『お主は……』

「ハイドランジア様とあなたを残して、逃げるわけにはいきません」

『無駄に勇敢な嫁だ。本当に、ハイドランジアにはもったいない』


 邪竜に対峙するヴィオレットの姿に、かつての友であり勇者の姿を重ねる。

 珍しく、ポメラニアンは感傷的になった。

 しかし、呑気に過去を振り返っている暇などない。

 邪竜を倒さなければ。


『行くぞ!』

「ええ、望むところですわ!」


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