表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフ公爵は呪われ令嬢をイヤイヤ娶る  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/122

余裕がないエルフと、邪竜召喚

 塔の外へと繋がる扉は、鍵がかかっていた。


「ヴィー、私から離れろ」

「え? ええ」


 ヴィオレットが離れたことを確認すると、ハイドランジアは渾身の蹴りを塔の扉へ入れた。一発で、扉は開く。


「ハイドランジア様……魔法は使わないのですね」

「足に、強化の魔法を使ったぞ。生身だったら、怪我をしている」

「な、なるほど」

『あやつは、涼しい顔をしていて、脳みそには筋肉がぎっしり詰まっているぞよ』

「ポメラニアン、何か言ったか?」

『なんにも』


 ここで楽しく会話をしている場合ではない。先を急がなければ。


「では、行くぞ。何があるかわからぬから、慎重に」

「承知いたしました」

『わかっているぞよ』

「ヴィー、この先、何が起きても、取り乱さず、毅然としているのだぞ」

「ええ」


 一歩外に出ると、すさまじい強風を肌で感じる。

 階段は塔に巻きつくようにあり、幅は狭く手すりも何もない。足を踏み外したら、そのまま落下する。

 小さなポメラニアンは強風に煽られ、必死にふんばっていた。


『ぬううううん!』

「……」


 ハイドランジアは無言でポメラニアンを抱き、階段を上がっていく。


『まさか、お前の胸に抱かれる日がくるとは……』

「介護だ。気にするな。それに、ポメラニアンよりも竜の卵が心配だ」

『なんだと!?』


 若干緊張感のない会話を交わしつつも、頂上まで辿り着く。

 ポメラニアンを地面に下ろし、邪悪な魔法を発動させていた人物と対峙する。

 そこにいたのは──エゼール家の魔法使いだった。

 地面に魔法陣を描き、四方に生贄となる人を四名、手足を縛って口を塞いだ状態で転がしていた。意識はあるようで、ハイドランジアに向かって涙を流しながら何かを訴えている。

 よくよく見たら、それらの人物は国王を殺そうと画策していた大臣らだった。おそらく、口封じのために囚われ、生贄にされようとしているのだろう。

 彼らは別に助けなくてもいいのか。そんな考えすら脳裏を過っていた。


「……やはり、来たか」

「お前は、何をしようとしているのだ?」

「魔法医の権威を示すための、邪竜召喚だ」

「意味がわからない」

「竜が万能の妙薬であることなど、知っているだろうが」

「そういう意味ではない。お前の行動のすべてが理解不能だと言っているのだ」


 驚くべきことに、邪竜を召喚したあと、薬の材料にするというのだ。

 竜の転生体だったヴィオレットも、そのように利用するつもりだったのか。

 考えただけで、ゾッとする所業だ。


「もう、遅い。召喚術は、完成しつつある」

「それはどうだろうか?」


 ハイドランジアは水晶杖を魔法陣の線上に強く打ち付けた。

 一人前の魔法使いになった際、父親から譲り受けた杖である。

 二代にわたって貯めた魔力が込められていた。それを、召喚術の妨害に使う。


「愚かなことを! 完成間近の術の妨害は、不可能だ!」


 そう、通常ならば、不可能である。

 完成しかけている魔法式は、爆弾と同じ。下手に触れると、自身の魔力が暴走して、体の組織を破壊する。

 自殺のような行為なのだ。

 しかし、ハイドランジアは妨害できる自信があった。

 それを可能とする魔力が、あるからだ。

 バチンと、魔法陣がぜる。

 同時に、ハイドランジアの杖を持つ手に衝撃が走った。


「──ッ!」


 手のひらが裂け、血が杖を伝って地面に滴る。


「ハイドランジア様!」

「ヴィー、動かず、そこにいろ!」


 近づく気配を感じたので、警告しておく。

 この事態に、ヴィオレットを巻き込むわけにはいかなかった。

 想定していたことだが、魔法の妨害は大きな衝撃を伴う。

 ハイドランジアの内なる魔力は、火が付いたように燃え滾っていた。

 今、まさに、死神の鎌が首にもたげられているような状況なのだ。

 そんな状況でも、ハイドランジアは邪竜召喚の魔法式を解き、術式を破綻させる。

 同時に、エゼール家の魔法使いは、魔法式を再構築させていた。

 追いつかれたら、邪竜召喚は完成してしまう。

 なんとしても、妨害を成功させなければならない。

 喉から何かがせり上がり、咳き込む。口の中に、血の味が広がった。

 もう一度咳をすると、今度は大量の血を吐きだした。


「ハイドランジア様!」

『今近づいてはならぬ! お主の体が、散り散りになるぞ!』


 ポメラニアンを連れてきて正解だ。生意気なヴィオレットも、大精霊の言うことは聞く。飛び出してくることもないだろう。

 こんな時に、人の心配をするなど、らしくないとハイドランジアは思った。


 思えば、結婚してから想定外の連続だった。

 猫化の呪いを受けた妻は、最初は反発ばかりしていた。しかし、自分の好きなことには素直で、魔法を習う時は常に嬉しそうだった。

 そんな妻が猫の姿でなくても可愛いと思っていたのは、いったいいつからだったか。

 今では、ヴィオレットなしの生活は考えられないとまで思っている。

 結婚してよかった。

 ハイドランジアは心からそう思う。

 一つ、後悔といえば、手を出さなかったことだろう。

 キスはいろいろと理由を付けてたくさんしたが。

 家のことは、分家に任せればいい。

 魔法師団は、クインスがなんとかしてくれる。きっと。

 ヴィオレットも、一人ではない。

 ポメラニアンが、スノウワイトが、そして、まだ見ぬ竜がいる。

 実家に帰れば、家族もいるのだ。

 何も、心配いらない。

 だから、ハイドランジアは邪竜召喚の妨害に全力を尽くした。

 ブチブチと、ハイドランジアの中にある何かが壊れていくのを感じていた。

 それに伴い、召喚の魔法式もどんどん崩れていく。

 最初に目が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、感覚もわからなくなった。

 立っているかも、座っているかも謎だ。

 自身の犠牲と引き換えに、ハイドランジアは邪竜召喚を阻もうとしたが──邪竜召喚の魔法式は完成してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ