戦闘エルフと猛毒竜
魔法師団の廊下の壁には、びっしりと真っ赤な呪文が描かれていた。当然ながら、ハイドランジアの魔法ではない。
「このようなこと、許さんぞ!」
ハイドランジアは水晶杖で壁を叩き、呪文を壊していく。
一見して力任せに破壊しているようで、実際はそうではない。一つ一つ丁寧に、確実に、魔法式が崩壊するようにしているのだ。
「これは……古代文字で、邪竜の文字が書かれています」
『ふむ。本気で邪竜を甦らせようとしているようだな』
「ヴィー、ポメラニアン、立ち止まるな。私から離れず、しっかりついて来い」
「ええ」
『わかっておる』
先ほどから術を妨害するため呪文を破壊しているが、魔法師団の建物の広範囲に展開された魔法は消失しない。
それどころか、消したはずの呪文は時間が経つと復活しているようだった。
『いたちごっこだな』
「どこかに、魔法の常時展開及び復活を可能としている核があるはずだ。それを、叩き割らなければならない」
『地下か、屋上か』
「今宵は満月。屋上に決まっている」
『なるほどな。お主が休みの日と、満月の晩を狙って起こしたことだったか』
「喋っている暇はない。行くぞ」
魔法師団の建物から突き出た塔の天辺には、月明かりが降り注いでいる。
儀式をするには、絶好の場所なのだ。
転移魔法で塔の入り口まで移動する。
通常、塔はガーゴイルが見張っており、勝手に入れないようになっていた。
しかし──出入口を守護するガーゴイル像は粉々に砕かれていた。
「なんてことを……!」
「酷いですわ」
『ガーゴイルはあとで元に戻せる。先に進むぞよ!』
ここから先は、ハイドランジアも初めて足を踏み入れる。
塔の壁にも、びっしりと呪文が描かれていた。
真っ赤に光り、塔の内部を怪しく照らしている。
一瞬、吐き気と眩暈を覚え、床に膝を突きそうになった。水晶杖を強く握り、なんとか耐える。
塔はもともと、古の時代の魔法使い達の悪しき儀式に使われていたのだ。
人肉結界が作られたのも、この塔だという歴史書も残っていた。
「相変わらず、気味が悪い」
「わたくしには、普通の塔にしか見えませんが」
『同じく』
「……」
「先へ進みましょう」
『ああ』
歴史を知らないヴィオレットとポメラニアンは、気にも留めずに進んでいく。ハイドランジアもしぶしぶと足を踏み入れた。
想定していた通り、塔は気味が悪い場所だった。
当時の怨念が長い時を経て、空気中を漂う魔力に溶け込んでいるようだった。
ハイドランジアは息苦しさを覚え、咳き込む。
「ハイドランジア様、大丈夫ですの?」
「ヴィー、お前は何も感じないのか?」
「いいえ、特には」
「……」
ポメラニアンも特に何も感じないらしい。
知らないということは、幸せなのだろう。それに、ヴィオレットは特に大きな魔力をその身に秘めている。影響は感じないのかもしれない。
螺旋階段を駆け上がり、最上階を目指す。
一歩、一歩と進むたびに、焦燥感に駆られる。何かが、あるのだ。
塔の天辺に続く扉の前に、何かがいた。
ダイヤモンドのような瞳に真っ赤な鱗を持つ、刺のような尾を持つ巨大な蛇だった。
『ギュルルルル!!』
うねうねと左右に動き、舌先をチョロチョロ出し入れして侵入者であるハイドランジアを見つめていた。
「ハイドランジア様……あれは、なんですの?」
「猛毒竜だ」
『古代に絶滅した人食い竜ぞよ』
「ふん。趣味が悪い。邪竜を甦らせるフルコースの、前菜といったところか」
上等だ。ハイドランジアは叫び、水晶杖の底を床に打ち付けた。
「ポメラニアン、時間稼ぎを頼む」
『精霊使いが荒いエルフぞよ!』
そう言いながらも、ポメラニアンは猛毒竜の前に躍り出た。
猛毒竜はひと鳴きすると、猛毒混じりの唾液を吐き出す。
ポメラニアンは玉のように跳ね、回避していた。
ヴィオレットは後方から支援する。
「――凍解け破る果ての蔦焔、釁隙なく紡ぎ、荼毒を弾く楯となれ、炎盾!」
炎の蔓が魔法陣より伸びて円状に編まれ、ポメラニアンを守る動く盾と化す。
猛毒の粒が飛んできても、盾から燃え上がる炎が焼き尽くした。
炎の盾の効果はこれだけではない。攻撃をした相手に、反撃するのだ。
盾より、炎の球が撃ち込まれる。予想していなかった攻撃だったのだろう。猛毒竜の額に当たり、周囲に焦げた臭いが漂った。
ハイドランジアの詠唱が完成すると、魔法が展開される。
「──我に敵対する存在を凍て突き破れ、氷の槍!」
串刺しするように、次々と氷でできた槍が突き出てくる。
『ギュルオオオオオ!!』
猛毒竜は頭から尾まで何カ所も串刺しとなり、毒混じりの血を吐き出す。
血が付着した床は、ドロドロに溶けていた。最後のあがきなのか、とっておきの猛毒のようだった。
しかし、その勢いも衰える。全身が凍り出したのだ。
パキパキと音を立てて、数十秒と待たずに猛毒竜は氷像と化す。
「この魔法の効果は、串刺しではない。凍結だ」
刺した箇所から凍らせていく、えげつない術なのだ。
『火攻めに氷攻めと、恐ろしい夫婦ぞよ』
「命がかかっているのだ。全力でやらせてもらう」
門番を倒したので、先へと進む。




