もふもふエルフと国王の脱出劇
宰相の弟、ルードルフ・フォン・デーベライナーの策略で、国王は別の者に成り代わってしまった。皆、幻術に惑わされ、本当の王を偽物と糾弾し、処刑しようとしたのだ。
牢屋に閉じ込められた王は、悲運を嘆き涙していた。
処刑まで、一刻の猶予もない。
国王の頼みの王太子は外交の旅に出ていて、ハイドランジアは休日だった。
もうダメだ──国王がそう思った瞬間、地下の牢獄で金色に輝く存在が現れたようだ。
「金色に輝く存在……ですか?」
「ああ。小さいながらも神々しい姿で、私のもとにやってきて、奇跡の力で牢の鍵を開いてくれたのだ」
「はあ」
なんとも不可解なできごとである。いったい、誰が国王を助けたというのか。
「その、金色の生き物は、どんな姿をしていたのですか?」
「ううむ。全体が金色に輝いていて、よく見えなかったのだが……強いて言ったら、犬のようなシルエットだった」
「犬……金色……奇跡の力……」
国王の証言を繋ぎ合わせると、一つの姿が完成する。
「ポメラニアン、またお前か!」
「ん? どうした?」
「いえ、なんでも。それで、その、ポメ……金色の生き物が、この家まで誘ったと?」
「ああ、そうだ。ここまで、走って導いてくれた。扉の前に辿り着いたあと、ふわりと消えてしまったのだ。あれは、私が見た幻だったのか」
「……」
おそらく、転移魔法で消えたのだろう。
ポメラニアンと国王は、なぜか王城から走ってきたらしい。だが、不思議なことに誰にも見つからなかったようだ。
「道行く人は、誰も、私が王だと気づかなかった。それどころか、ボロの服を着ていたので、見ない振りをしていた」
「まあ……仕方がない話です」
「国王の生誕祭で城の露台から顔を覗かせた時は、大勢庭に民が押し寄せ、私の姿を見ようとしていたのに」
「その辺に、供も付けずに国王がいるとは、誰も思わないでしょう」
「そうだが……私は、気づいたのだ。国王は、一人では国王ではないと。敬ってくれる臣下や、民達の存在があるからこそ、国王でいられると」
「それは、そうですね」
「忙しい日々をおくるあまり、私は、失念していた」
珍しく、国王は燃えていた。
「病気になんぞ、なっている場合ではない。偽物に、王座を奪われている場合でもないのだ。私は王として、国民が住みやすい国を作らなければならない。だから、私は戦うぞ。ハイドランジア、手を、貸してくれないか?」
「もちろんでございます、陛下」
「感謝するぞ」
「この、第一魔法師である私が、敵を一網打尽にしてみせますゆえ」
「い、いや、そこまでしなくてもよいが……」
いったい誰が今回の件を目論んでいたのかは、安易に推測できる。
トリトマ・セシリアと、エゼール家の魔法使いだろう。
ハイドランジアと王太子マグノリアがいない間に、城に小細工をしているに違いない。
「陛下は、少し休まれていてください」
「し、しかし、何もしないわけには──」
「今は、どっしり構えているのが、陛下のお仕事です」
家令に目配せすると、客間へ国王を連れて行く。
国王は不安げに、ハイドランジアをチラチラ見ていたが無視だ。
「さて──と」
「ハイドランジア様、いかがなさいますの?」
「あまり、時間はかけたくない」
マグノリア王子を待ちたいが、向こうは着々と玉座と城を我が物としているだろう。
「今すぐ、城の者達の催眠を解き、悪事を働く不届き者を成敗しなければ」
「ハイドランジア様、わたくしも、連れて行ってくださいまし!」
「ヴィー、それは……」
「お願いいたします。わたくしだって、やられっぱなしでとってもとっても悔しいですわ!」
「……」
ヴィオレットの気持ちはよくわかる。トリトマ・セシリアやエゼール家の魔法使いのせいで、普通の令嬢としての暮らしができなかったのだ。
腕を組み、しばし考える。
「ハイドランジア様。わたくしは、足手まといには、なりません。だから──」
ヴィオレットは腕を組み、うるうるとした瞳でハイドランジアを見上げる。
このように懇願されては、すぐさま頷きそうになる。
しかし、簡単に承諾できるものではない。
「ハイドランジア様……!」
奥歯を噛みしめ、考える。
ヴィオレットはそこそこ魔法を使える。ハイドランジアの優秀な愛弟子なのだ。
ただ、相手はヴィオレットの身を狙う狡猾な魔法使いである。どんな汚い手段を使っても、ヴィオレットの身を奪いに来るだろう。その点は、恐ろしくて考えたくもない。
ただ、傍にいない間に、誘拐でもされたら死ぬまで後悔するだろう。
傍に置いておいたほうがいいに決まっている。
ハイドランジアは、答えを出した。
「わかった。そのかわり、私から離れるなよ」
「ありがとうございます!」
ヴィオレットはそう言って、ハイドランジアに抱き着いてくる。おまけとばかりに、頬に唇を寄せてきた。
「ハイドランジア様、わたくし、嬉しいです」
「ふむ」
礼を言って尚、ヴィオレットは抱き着いたまま離れようとしない。
どさくさに紛れ、ハイドランジアはヴィオレットの顎を掴み、唇にキスをした。
「ひゃっ……んん!?」
「……」
猫化は、しなかった。
「あの、ハイドランジア様……今のは、いったい?」
「キスをして、猫化をしないかの、最終確認だ」
「そ、そうでしたか」
やはり、猫化の引き金はキスではなくなったようだ。
「では、にゃあと鳴いてみろ」
「にゃあ?」
猫の鳴きまねをすると──ヴィオレットは瞬く間に猫化する。
「やはり、猫化の呪文は鳴きまねとなっていたか」
ハイドランジアはすぐさまヴィオレットの体を抱き寄せ、頬擦りしながら呟いた。




