興奮エルフととんでもない事件?
また、ヴィオレットの身に不可解なことが起きた。猫の姿の時ににゃあ、と鳴いたら、もとの姿に戻ったのだ。
現在、ヴィオレットは身支度を整えている。
ハイドランジアはヴィオレットの部屋の前でウロウロ歩き、落ち着かない様子を見せていた。
そんな彼を、ポメラニアンが生温かい目で見つめている。
『おい、ハイドランジアよ、落ち着かないか』
「ヴィーの身に変化が起きているのだ。落ち着けるわけがないだろう」
『妻の初産を待ちきれず、廊下で無駄に右往左往する夫のようだ』
「何か言ったか?」
『なんでもないぞよ』
それから三十分後、バーベナがひょっこりと顔を出した。
「うわっ、旦那様、そこで何をしているのですか?」
「ヴィーに用事がある」
「はあ、どうぞ」
バーベナと入れ替わるように、ハイドランジアはヴィオレットの部屋へと入る。
「ハイドランジア様」
「体の調子はどうだ?」
「なんともないですわ」
その言葉を聞いて、心から安堵した。
ヴィオレットに椅子を勧められ、隣に腰かける。
「しかし、いきなり猫化の条件が変わるとは──」
「ええ、驚きましたわ」
私室に戻ったヴィオレットは、変化魔法の引き金となった言葉「にゃあ」を試してみたらしい。すると、猫の姿から人の姿に変わったのだとか。
「ということは、これまでの条件だった、異性に触れたり、私とキスしたりという条件は無効になるのだろうか?」
「それは──試していませんでした」
「だったら、試しても構わないか?」
その質問に、ヴィオレットは頬を赤くする。目を伏せ、恥ずかしそうにしていた。
これは、嫌だという反応ではない。
勝手にそう悟ったハイドランジアは、ヴィオレットの顎に手を添え視線を上に向かせる。
今から何をするのか悟ったヴィオレットは、さらに顔を赤くしていた。目も潤み、じっとハイドランジアを見上げてくる。
肩を抱き寄せ、唇と唇が付きそうなほど接近する。
ヴィオレットの熱い息づかいを感じながら、そっと囁いた。
「嫌ならば、今すぐ私を突き放せ」
ヴィオレットは抵抗せず、それどころかハイドランジアのほうへと体重を預けてきた。
これはキスをしてもいい、ということだろう。
ヴィオレットは瞼を閉じる。まるで、好きにしてくれと暗に言っているようなものだった。
どきん、どきんと胸が高鳴る。
ハイドランジアは今までにないほど、興奮していた。
きゅっと結ばれたヴィオレットの唇は、熟したリンゴのように赤い。食べてくれと、主張しているようだ。
ならば、願い通りにと、果実に口付けするように唇を開いたが──。
「旦那様、奥様、お客様がお越しです!」
「!?」
部屋の外から声をかけてきたのは、執事だった。珍しく、焦った口ぶりである。
極上の果実を目の前に、待ての状態になったハイドランジアは舌打ちして言葉を返した。
一旦ヴィオレットから離れ、言葉を返す。
「誰だ、先触れもなく、やってきた非常識なヤツは!」
「ハイドランジア、私だ」
「どこの私だ!?」
「え?」
「は?」
そっと、扉が開かれる。開いたのは、執事だった。
冷静沈着な彼が、ありえないほど顔色を青くし、額にびっしりと汗を掻いている。
「おい、どうしたのだ?」
執事はその問いに答えず、代わりにひょっこりと顔を出したのは──国王だった。
「ハイドランジア……!」
「は!?」
ハイドランジアはゆっくり立ち上がり、国王と顔がよく似た男に近づく。
男は頭をすっぽり覆うように布を被り、顎の下で結んでいた。
服装は、ボロボロのシャツに丈が合っていない薄手のズボンである。足元は裸足だった。
一見して、怪しさしか感じない。けれど、顔は確かに国王だった。
「ハイドランジア、私が、わかるな!?」
「……」
目を凝らし、男を見る。見れば見るほど、国王にしか見えない。雰囲気も、いつもの通りおっとりしていた。
しかし、大いなる疑問は、なぜ、国王がみすぼらしい恰好でローダンセ公爵家にやってきたのか、だ。
「私は、国王だ!」
「……」
自らの胸に手を当て国王だと主張する男が、目の前にいる。ハイドランジアは眉間に皺を寄せ、男を見下ろした。
「お前はまた、そんな怖い顔で私を見て!」
「!」
このやりとりには、覚えがある。国王はしきりに、ハイドランジアの顔が怖い、怖いと繰り返していたのだ。
しかしこれは、国王の側近ならば誰だって知っていること。誰かから情報を買い取って、真似している可能性もある。
「本物の国王陛下ならば──」
何か、国王だとはっきりわかる特徴があればいいのだが、思いつかない。
「どうした! なぜ、信じない?」
「陛下だけの、特徴を考えていた」
「わ、私は、ちくびの横にホクロがある! 診断したことのあるお前ならば、知っているだろう!?」
「そのような部位にあるホクロなど、知らんッ!!」
思わず、強めの返しをしてしまった。国王を名乗る男は、涙目になる。
「ひ、酷い……。お前達親子は、本当に私に辛く当たる……」
ここで、ようやく気づく。目の前にいるのは、間違いなく国王であると。
ヴィオレットもやってきてドレスの裾を摘まみ、頭を深く下げた。ハイドランジアも、その場に跪く。
「陛下、なぜ、このような場所に?」
「し、信じてくれるのか!?」
「陛下を、見間違えるわけがないでしょう?」
「ハイドランジアよ!!」
国王は駆けだし、勢いのまま抱き着こうとしたので、ハイドランジアは咄嗟に回避する。
「どわっ!?」
国王は腕を空振りさせた結果バランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
すぐに国王は起き上がり、涙をポロポロ流しながら叫んだ。
「ひ、酷くない!?」
ハイドランジアも、自分のしたことであったが酷いと思った。




