子守りエルフ(?)と猫な嫁の打開魔法
呼び出されたヴィオレットは、スノウワイトを伴ってやってきた。
竜の卵はスノウワイトの背中に、紐で巻き付けられている。
「……何をしているのだ?」
『卵を温めるように、お願いしていますの』
果たして、幻獣のぬくもりで卵が孵化するのか。謎である。
『ちなみに卵を温めるのは、交代で行う予定ですわ』
「私もするのか?」
『さすがハイドランジア様! 話が早いです』
「……」
竜の卵など、今まで温めたことがない。困ったハイドランジアは、ちらりとバーベナを見る。
卵は拳二つ分ほどの大きさだ。
「旦那様、こちらの布に卵を包んで、温めたらいいですよ」
バーベナは細長い布を広げ、竜の卵と同じ大きさの石を包んで見せた。布の左右を縛ったら、持ち運べるような形態となる。
「持ち運び方はわかったが、どう温めたらいい?」
「腋の下とかで温めてみたらどうですか?」
「……」
竜の卵を腋で温める自らの姿を想像する。とても、奇妙に思えた。
「腋以外はダメなのか?」
「あとはお腹に腹巻を巻いて、入れておくとか」
「……」
竜の卵を腹に巻いた自身の様子を思い浮かべる。たまに、慈しむように卵を撫でるのも忘れない。冷静に考えたら、摩訶不思議な状態だった。
『ハイドランジア様、嫌ですの?』
「いいや、嫌ではない。どうやって温めようか、考えていただけで」
『よかったですわ』
ホッとした表情を見せたヴィオレットは、バーベナに目配せする。すると、バーベナは一枚の紙を執務机の上に置く。
「なんだ、これは?」
『卵の温め当番ですわ』
どうやら、半日ごとに交代するらしい。よくよく見たら、ハイドランジアの当番は勤務中の日もあった。
「ヴィー、この日は、仕事なのだが」
『卵同伴でお仕事はできませんの?』
「……」
竜の卵と共に仕事をする自らを想像してみた。端のほうで笑いをこらえる部下の姿が、ふっと思い浮かんできた。
『ハイドランジア様。この卵は、わたくし達にとって第二子ですわ』
「だ、第二子……!」
ちなみに、第一子は幻獣スノウワイトだ。
このまま竜が生まれたら、第二子も幻獣となる。
『家族みんなで、育てましょう』
「家族……!」
ヴィオレットの言葉は、ハイドランジアの心に深く響いた。
「わかった。竜の卵は、常に肌身離さず持っておこう」
『ハイドランジア様』
ヴィオレットは軽やかなステップでハイドランジアの執務机へ跳び乗ったあと、膝の上に着地する。そして、すりすりと頬擦りした。
『子どもを大事に想っていただけるなんて、嬉しいですわ』
「うっ……わ、私も、嬉しい……!」
夫婦は子どもができた喜びを、抱擁と共に実感していた。
「そういえば、卵当番はポメラニアンもあるのだな」
『む、なんぞ?』
『だって、ポメラニアンも家族ですもの』
ポメラニアンは嫌がるかと思いきや、まんざらでもない様子だった。
「ポメラニアンはジジイ枠か……」
『ハイドランジアよ、何か言ったか?』
「いや、なんでもない」
こうして、卵は家族みんなで温めることとなった。
話が終わったと察したスノウワイトは、部屋の隅に移動し丸くなる。
ここからは家族団らんの時間だ。バーベナは下がるように命じた。
ハイドランジアはヴィオレットを抱き上げ、視線を合わせながら話しかける。
「そういえば、竜の意識と分離したが、何か変化はあったか?」
『いいえ、特に何か変わったという感じはありませんわ。この通り、猫化は続いておりますし』
「そうだな。魔力値を調べてもいいか?」
『ええ、構いませんわ』
以前は面倒な方法を用いて調べたが、今回はシンプルな方法を取る。
額と額を合わせ、ヴィオレットの魔力の波動を感じ取る。
「これは──!」
『どうかしましたの?』
「以前と、魔力量は変わらない」
『そう、でしたか。前世の意識が竜の卵となっても、わたくしが竜の転生体であることに変わりはないと』
「みたいだな」
ヴィオレットの内なる魔力は、彼女を守るものとなるだろう。その点は、安堵した。
『ハイドランジア様にキスしていただかなければ戻れない体は不便ですが』
「たしかに、不便だな」
『ええ……。でも、嫌というわけではありませんので』
だったら、キスを──。そう思ったのと同時に、ヴィオレットがポツリと呟いた。
『自分の意思で戻れたら、猫に変化できるのも快適なのですが。たとえば、にゃあ! と鳴いただけで人と猫に変身できたら──』
急に、ヴィオレットの前にいつもの魔法陣が浮かび上がる。猫の姿はぼやけ、瞬く間に女性のシルエットとなった。
ヴィオレットは急に、人の姿に戻る。
「な、なんでですの!?」
「げ、原因究明の前に、服を」
「ええ──って、きゃあ!」
ヴィオレットはハイドランジアの目と口を塞いだ。
今度は息ができるように、鼻は開けている。
「も、もごもご、もご……!」
「な、なんですの?」
「もご、もごご……」
口が塞がれているので、上手く喋ることができない。残念ながら、鼻の穴から声を出す技術は会得していなかった。
息はできるので絶体絶命ではないが、近くに裸のヴィオレットがいるというのは精神的によくない。
自由な両手は、わなわなと震えていた。
ここで、救世主が現れる。ポメラニアンだった。
『嫁よ、口を塞いでいては、話せぬだろう』
「そ、そうでしたわ」
ヴィオレットは塞いでいた手を一つ外した。
混乱状態だったので、間違って目のほうを外してしまう。
「もがっ!?」
ヴィオレットのあられもない姿を見てしまったハイドランジアは、大量の血を噴きだす。
……もちろん、鼻から。




