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婚活エルフとド迫力美女のにゃんごとない呪い

「お、お兄様……そんなに大きな声が出せましたのね」

「ヴィオレット、話は聞いていたのか?」

「ええ、もちろんですわ。それよりも、お兄様の大声のほうが衝撃的で」


 ノースポール伯爵はがっくりと項垂れている。その気持ちは、ハイドランジアも大いに同意したくなる。


「お兄様ったら、こんなに震えてお可哀想に……」


 きっと死ぬほど寒いのだろう。ヴィオレットはそう呟き、再度ハイドランジアに頼み込む。


「ねえ、あなた。魔法で暖炉に火を入れてくださらない?」


 普通の火ならまだしも、彼女はとんでもない火魔法を要求した。


「不滅の炎って、魔法があるでしょう? あれを使っていただけたら、薪を買う必要がなくなりますわ」


 ハイドランジアはため息混じりで言葉を返した。


「不滅の炎は、炎系の属性を持つ魔法使い専用の高位魔法だ」

「あなたは……氷っぽいですわね」

「違う。私は四大属性エレメント使いだ。専用魔法は、その属性だけを持つ魔法使いにしか使えない」

「まあ、そうですの」


 その禁書に載っているような専門知識はどこから得たのか。気になったが、今は追及している場合ではない。


 依然として、ノースポール伯爵は頭を抱えて震えていた。今まで、散々ヴィオレットに振り回されていたに違いない。思わず、ハイドランジアは同情してしまった。


「それで、火を入れていただけますの?」

「魔法は、誰かに頼むより、自分で使えるようになったほうが早い」

「お父様は、魔法は危険だからダメだって、おっしゃっていましたわ」

「魔法使いはお前の父だけではないだろう」

「お兄様は、魔法は使えませんし」

「お前の世界は、そんなに狭いのか?」


 魔法使いは昔と違って大勢いる。現に、ヴィオレットの目の前に一人いるだろうと手で示した。


「もしかしてあなた、わたくしに魔法を教えてくださるの?」

「まあ、どうしてもと言うのならば──」


 話を終える前にヴィオレットはすっと立ち上がると、ハイドランジアのほうへ回り込む。勝手に隣に座り、腕に抱きついてきた。

 出会った時から強く主張している胸が、むぎゅっと押し当てられた。

 それと同時に、ヴィオレットは宣言する。


「お兄様、わたくし、このお方と結婚しますわ!」

「ヴィオレッ──」


 ノースポール伯爵が何か言おうとしたのと同時に、パチンと何かが弾けたような音が鳴る。すぐ隣で、白く光る魔法陣が浮かび上がった。

 そして、腕に押し当てられたむっちり柔らかな物が突然変化する。ふわふわ・・・・もこもこ・・・・なものへと。


「──なっ!?」


 ハイドランジアは言葉を失った。今まで腕に抱き着いていた美女が、金色の毛並みを持つ猫の姿になっていたから。


 毛足は長くふわふわ、耳はピンと立ち、尻尾は太い。青い瞳は好奇心に満ちている。

 そんな猫が、突然現れたのだ。


『お兄様、あの、結婚してもよろしいでしょうか?』

「ヴィオレット」

『なんですの?』

「お前は、呪い・・のことを、忘れていたね?」

『え、呪いって──あ!』


 猫の姿となったヴィオレットは首を傾げ、「にゃあ」と鳴いた。どうやら、咄嗟に猫の振りをしたようだ。

 しかし、脱げてしまったドレスと、突然姿を消したヴィオレットの説明が付かない。


「ノースポール伯爵、この娘はなぜ、猫の姿に?」

「呪いです。妹は、異性に触れると、猫の姿になってしまうのです」


 これが、社交界に出ることができない理由と、結婚できない理由であった。


「ヴィオレット、少しローダンセ公爵と話をするから、席を外しなさい」

『分かりましたわ』


 ヤレヤレ、といった様子でヴィオレットは長椅子から跳び降り、客間から出て行った。

 尻尾をふりふりと揺らしながら、歩いていく。

 その様子を、ハイドランジアは食い入るように見つめていた。

 バタンと扉が閉められた瞬間、ハッと我に返る。


「驚かれたでしょう?」

「あの呪いは、なんなんだ?」

「誰がかけたかも、いつかかったかも分からない呪いなんです」

「まあ、呪いとはそういうものだが」

「そうなのですね」


 父シランは魔法師団の第五魔法師であったが、その息子であるノースポール伯爵にはまったく魔法の才能がなかったらしい。


「私には、熱心に魔法を教えてくれましたが、妹には逆に魔法を禁じていました。ですので、その、魔法には人一倍興味が湧いてしまったようで」


 禁じられると、余計に知りたくなる。そういう心理なのか。


「なぜ、父君はヴィオレット嬢に魔法を禁じたのだ?」

「よく、分かりません。たぶん、危ないからかなと」


 魔法の習得に、事故はつきものだ。魔法を発動させた際に自身が作り出した火で火傷したり、氷魔法で凍傷になったりと、そういう話は日常茶飯事である。


「それも、習う師次第だがな」

「父は、あまり、自分の魔法に自信がないようでしたから」

「それはまあ……」


 そんな感じだったとはっきり言わずに、言葉を濁す。


「そういえば、父君は亡くなったと聞いたが」

「父は……呪いで死んだんです!」


 ノースポール伯爵の言葉尻に、力が籠る。それは、憎しみや悲しみが入り混じった切ないものであった。


「呪い……」


 そう聞いて、ドキリと胸が高鳴る。シランに呪いをかけたのは、ハイドランジアだ。

 ただ、呪いの発動条件は、悪事を働いた場合のみにしてある。あのうだつが上がらない男が、呪われるほどの悪事に手を染めるようには思えなかった。

 ただ、絶対にというわけではない。ハイドランジアはシランと出会った日以降、会うこともなかったのだ。

 ただ、呪いが発動したら、術者であるハイドランジアも気づく。推測するに、シランを呪った者は別にいる。


「あの、よろしかったら、父と、妹を呪った人物を、探していただきたいのです。報酬は──」

「ヴィオレット嬢との結婚でいい。先払いでいいか?」

「え?」

「なんだ、え? とは」

「いえ、妹と、結婚してくださるのですか?」

「そうだと言っている」

「しかし、妹はあの通り気が強く、好奇心旺盛で、それから呪いで猫の姿になります」


 派手な見た目は好みではないが──呪われた姿は実に魅力的だった。

 猫の姿となったヴィオレットを思い出すと、頬が緩んでしまう。

 心境とは裏腹に、発せられる言葉は容赦ない厳しいものだった。


「どうせ、お飾りの妻だ。気が強かろうが、猫だろうが、私には関係ない」

「お飾りの妻……」


 兄としては、幸せな結婚をさせたいのだろう。しかし、現実を見てほしかった。


「嫁き遅れな上に、猫の姿になる女が、まともな結婚をできると思っているのか?」


 ヴィオレットと結婚することで、ノースポール伯爵家の問題も請け負うのだ。

 破格の好条件だろう。


「わ、分かりました。ふつつかな妹ですが、どうぞ、よろしくお願いいたします」

「悪いようにはしない」


 こうして、ハイドランジアとヴィオレットの結婚が決まった。


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