覚悟を決めたエルフと暴露嫁
ヴィオレットはシーツに身を包み、寝室を去る。
すぐにバーベナを呼んで、身支度を始めた。
ハイドランジアはヴィオレットの寝台に放置されていた。
出て行こうにも、隣の部屋では身支度が始まってしまった。バーベナを始めとする侍女が数名集まり、ああじゃない、こうじゃないとドレスを選んでいるようだ。
身動きが取れず、ハイドランジアはヴィオレットの寝台の上で待機することしかできない。
「あら、奥様。また、胸回りが豊かになられましたね」
「ここの食事を毎日食べていたら、太ってしまいましたの」
「いえいえ、そんなことないですよ。ここが大きくて困ることなんて、ないですから」
「そうですの?」
「ええ、旦那様もお喜びになるかと」
「なぜ、旦那様が?」
「いずれお分かりになると思います」
バーベナが変なことを吹き込んでいる。すぐさま止めさせたかったが、着替え中なので出て行くわけにはいかない。
ぐぬぬと、悔しい気持ちを押し殺す。
途中から、ヴィオレットの愛猫スノウワイトもやってきたようで、ドレスのリボンを追って遊び始めたようだ。
「スノウワイト、リボンで遊んではいけませんわ」
「にゃう!」
実に楽しそうな光景が広がっているような気がした。
しかし、そこに交ざることは許されていない。
そもそも、スノウワイトはいまだにハイドランジアへの警戒を解いていないのだ。
ゴロリと寝返りを打ったら、キラリと光る金色の糸を発見した。手に取ると、それはヴィオレットの髪だった。なんて美しいのか。ぼんやりと眺めていたら、突然声をかけられる。
『おい、何をしている、色ボケエルフ』
「!?」
ポメラニアンが転移魔法を使い、ヴィオレットの寝室に現れた。
「なっ、お前、何を!?」
『それはこちらの台詞ぞよ。転移魔法でいつでも自室に戻れるのに、いつまで経っても戻ってこぬから』
「……」
そうだった。別に、ヴィオレットの部屋を通らずとも、転移魔法でいつでも私室に戻れたのだ。
ヴィオレットの甘い残り香をかいでいると、頭がぼーっとなってダメになる。病気だと思った。
「私のことはいい。お前は、何をしにきたのだ」
『いや、竜との接触について、再度確認をしたくてな』
「それは、意志は変わらない。一度、竜と話をしてみたい」
『逆鱗に触れて、ヴィオレットが消えるかもしれないと言ったら?』
「それは──」
ぎゅっと拳を握り、覚悟を口にした。
「その時は、私のこの身と引き換えに、彼女を守る」
『ほう? 素晴らしい自己犠牲だ。だが、それは残された者のことをまったく考えておらぬ』
「私の遺産の三分の一は、妻ヴィオレットが相続できるようにしている。それだけあったら、不自由なく暮らせるだろう。もちろん、ノースポール伯爵家も引き続き支援するよう、書類も残している。王都の暮らしは煩わしいだろうから、地方にあるローダンセ公爵家のカントリーハウスで暮らしたらいい。再婚しても、遺産はそのまま持っていけるようにしている」
『お主は、そこまでしていたのだな』
「当たり前だ。それくらいしないと、契約結婚に旨みはないだろうが」
『しかしだ。言いたかったのはそういうことではない。その自己犠牲は、ヴィオレットの気持ちを考えていない、という意味だ』
「それは──」
この結婚は契約だ。ハイドランジアはともかくとして、ヴィオレットは情など生まれてないだろう。だから、問題はない。
「もちろん、タダで命を散らすことは考えていない。私が死んだら、とっておきの結界が展開されるようにしている。それは、ヴィオレットに悪意を持って近づく者を灰と化す、呪いのような結界だ」
『それは、すごいな。トリトマ・セシリアも、エゼール家の魔法使いも、木端微塵だ』
「今すぐこの魔法を発動できればいいのだが、特大級の大魔法だ。命と引き換えでなければ、発動できん」
ポメラニアンは溜息を一つ落とす。
『しかし、お前はまったくわかっておらぬ』
「何が、わかっていないというのだ?」
『それは、自分で気づかなければ意味のないことぞよ』
ポメラニアンはそれが何なのか、ヒントすらくれなかった。
「しかし今は、そのようなことなど考えている暇はない」
『……』
会話が途切れたところで、ヴィオレットの声が聞こえた。
「旦那様を呼んできますわ。旦那様!」
「あら、旦那様は、奥様の寝室にいらっしゃるのですか?」
「あら、言っていませんでした?」
寝室に潜伏していたことを、ヴィオレットに暴露されてしまった。
ハイドランジアはぎょっとして、近くにいたポメラニアンを抱きしめてしまう。
『おい、こら、何をする!』
「黙れ。使用人達がいる」
そうこうしているうちに、寝室の扉が開かれる。
ヴィオレットは紫色のドレスに身を包み、美しい出で立ちで現れた。
続けて、バーベナがやってくる。
寝台に座るハイドランジアを見て、目を丸くしていた。
「だ、旦那様、そこで何を?」
寝台の上ですることなど、そこまで多くはない。
ハイドランジアはバーベナの問いかけに、低い声で答えた。
「ポメラニアンを、可愛がっていた」




