お願いエルフと渋るポメラニアン
ハイドランジアに呼ばれたポメラニアンは、使用人が開いた扉から入ってくる。
『旦那様、なぜポメラニアンを呼びましたの?』
「黙っていたのだが──」
ポメラニアンが大精霊であることは、ヴィオレットに話していなかった。
ヴィオレットはポメラニアンを普通の犬と思い、接してきた。一緒に眠っていた時もある。
これも、ショックを受けるだろうか。戦々恐々としながら話す。
「実は、ポメラニアンは千年の時を生きる大精霊なのだ」
『まあ、本当ですの!?』
ヴィオレットはハイドランジアの膝から跳び下り、ポメラニアンのほうへと向かった。
『ポメラニアン。あなた、本当に大精霊ですの?』
『まさに、我は大精霊である』
『まあ!』
猫と犬が話す童話チックな光景が広がっている。そこにハイドランジアが近寄ると、さらに物語のような世界観が広がっていた。
しかしながら、これは現実である。
「ヴィオレット、黙っていて、すまない」
『いいえ。驚きましたけれど、納得しましたわ』
「納得?」
『ええ。常々、ポメラニアンは普通の犬とは違うと思っていましたの』
ヴィオレットに対し、何かを見守るような視線を投げかけるような時があったのだとか。
『わたくし、ポメラニアンに話しかけたことがあって──』
まるで言葉がわかるようだ。もしや、理解できているのだろうかと、ヴィオレットはポメラニアンに語りかけたことがあったらしい。
『そんな時、決まって気まずいような表情を浮かべて、顔を逸らしていましたの。絶対、何かあると思っていましたわ』
「そう、だったのか」
この件も、ヴィオレットにとっては驚くべき事実ではなかったようだ。
あっさりと、ポメラニアンが大精霊であることを受け入れてくれた。
『して、何用だ?』
「相談がある」
まず、ヴィオレットに竜の封印を施しているのは、ポメラニアンだと説明していく。
父シランと契約し、今に至るのだとも。
『お父様が、ポメラニアンと……』
「ああ、みたいだ。私は最近まで知らなかったがな」
ヴィオレットはポメラニアンに対し、深々と頭を下げた。
『あなたがいなかったら、わたくしは今ここにはいなかったかもしれませんわ。ありがとうございます』
『別に、契約に従って封印を施しただけだ。礼を言うならば、父親のほうぞ』
『そう、ですわね』
だが、シランはもういない。その事実は、ヴィオレットの心に影を落としているようだ。
五年も経っているが、肉親を亡くすということは慣れない。
父親との縁が薄かったハイドランジアですら、辛いことだった。
「ポメラニアン。今日お前を呼んだのは、こうして真実を告げるだけではない。一つ、願いがある」
『断る』
「まだ、何も言っていないだろうが」
『お前の願いなんぞ、とんでもないことに決まっておるだろうが』
「まさに、その通りだ」
そのとんでもない願いを、ハイドランジアはポメラニアンに告げる。
「我が妻ヴィオレットの中に封じられている竜と、対話したい」
『してどうする? 相手は竜だ。話など、通じるわけがないだろう』
問いかけに答えるのは、ハイドランジアではなくヴィオレットだ。
『ですが、わたくしの中に封じられているのでは、気の毒ですわ』
『しかしだな……』
どうやら、ポメラニアンはヴィオレットに弱いらしい。
ハイドランジアと話す時のように、辛らつな言葉は返さない。
『具体的に、何を話すというのだ』
『力を、お借りすることができないかと』
『そんなに、簡単にできることではないだろう』
もしも、体が乗っ取られたらどうすると問われ、ヴィオレットは口をぎゅっと閉ざす。
そのようなことは、させない。
ただ、相手は竜。エルフである自身よりも、高位の存在だ。
具体的な対策は、何一つなかった。
だからこそ、こうしてポメラニアンに相談しているのだ。
『わたくしは──竜と仲良くなりたいと、思っています』
『竜と、仲良くだと?』
『ええ。だって、せっかく一緒の体で生まれてきたのに、存在を封じられているとか、あまりにも気の毒ですので』
『……』
これは、ヴィオレットの強い好奇心と優しさからくる考えなのか。
竜と仲良くなるという考えすら、なかった。
古代より、竜という存在は人から畏怖され、鱗や肉、血は魔法の道具として利用され、力を借りる時は強制的な契約で使役していた。
心を通わせた例など、聞いたことがない。ポメラニアンも同じことを思っていたようだ。
『なるほどな。竜と友に、か』
もしかしたら、ヴィオレットにだったら心を開くかもしれない。
『確かに、魔法使いと戦争をするならば、竜を味方に付けていたほうがいいだろう』
最悪、ヴィオレットが死んだ場合、竜の封印が解けるかもしれない。
心が汚染された竜はヴィオレットの体から解放され、邪竜となって暴れ回る可能性がある。
『よし、わかった。お主ら二人を、竜の精神世界へと飛ばす。体が竜の意識に乗っ取られないよう、結界も張っておこう。ただ、一度入り込んだら、竜が認めるまで出ることはできない。どうする?』
ハイドランジアとヴィオレットは見つめ合う。
「私は、さっさとこの件を解決したい」
『わたくしも、です』
ならば、答えは一つしかない。
ハイドランジアはヴィオレットに手を差し出す。すると、ヴィオレットはハイドランジアの膝に跳び乗り、手のひらに肉球をぺたりと添えてくれた。
『覚悟は決まったようだな』
「ああ」
『準備はいいか?』
『あ、猫ではなく、人の姿に、戻りたいです。すぐに、身支度をしますので。それで、その……』
ヴィオレットは上目遣いでハイドランジアを見る。
もじもじしながら、ある願いを口にした。
『その、旦那様、人の姿に戻りたいので、キスをしていただけませんか?』




