暴露エルフとお目目まんまる嫁
「話があるが、猫のままで構わないか?」
『なんですの、改まって』
「大事な話だ」
ヴィオレットの前世について、ノースポール伯爵邸に行って調べてきたのだ。
父シランの苦労は想像を絶するものだった。
これをヴィオレットに伝えるのが正解なのか、わからない。
しかし、ハイドランジアは隠し事や嘘が大嫌いである。ヴィオレットにとって酷なことかもしれないが、本人に起こっていることである。知る権利があるはずだ。
『このまま、旦那様のお膝で聞いてもよろしいですか?』
「え? ああ、問題は、ない」
ヴィオレットを抱き上げ、脱げたドレスは椅子にかける。
執務室から続き部屋となっている居間に移動し、長椅子に腰かけた。
『それで、大事なお話とはなんですの?』
「先ほど、お前の実家に行ってきた」
そう言った瞬間、膝の上に座るヴィオレットの毛がぶわりと膨らんだ。
『も、もしかして、わたくしを実家に返すための相談を、しにいったのですか?』
「どうしてそうなるのだ」
離縁の相談をしにいったと勘違いしたようだ。
安心させるように、頭を撫でる。
『では、なんの用事でわたくしの実家に?』
「お前の父の、日記を探しに行ったのだ」
『なぜ、お父様の日記を?』
「それは……」
拳をぎゅっと握る。まだ、腹を括れていなかったようだ。
そんなハイドランジアの手の甲に、ヴィオレットが肉球をそっと添える。
『お父様の日記に、わたくしについて何か書かれていましたのね?』
「そうだ。記憶にないかもしれないが、お前の中には、もう一つ意識がある」
『え?』
「竜だ。竜の意識が存在する」
『竜って……どうして、わたくしの中に?』
信じがたい話を聞いて微かに震えるヴィオレットを腕の中に包み、意を決し真実を告げた。
「ヴィオレット、お前の前世は竜なのだ。前世の竜の意識が残ったまま、転生したようだ」
『な、なんですって!?』
当然というべきか。ヴィオレットに自覚はなかったようだ。
まずは、ポメラニアンから聞いた前世の話からする。
エルフを慕う竜は、魔王退治に出かけたエルフを追って人里に下り、人に騙されて処刑される。
そんな竜を、転生させたのがトリトマ・セシリアに手を貸すエゼール家の魔法使いだった。
「トリトマ・セシリアがお前を襲ったのは、竜の力を覚醒させるためだ」
『なんて、愚かなことを……』
「竜の意識は、現在封印されている」
子どもの時から何度も竜の意識がでることがあったと告げると、ヴィオレットはショックを受けているのか、言葉を失っていた。
「お前の父はこの件をずっと隠していたようだが、私は隠さないほうがいいと思った」
もしも聞きたくない話であるのならば、記憶から消すこともできる。
『記憶を、消す、ですって?』
「ああ。この件は、お前も辛いだろう」
『なんでですの?』
「は?」
『前世が竜って、すごいことではありません?』
「それは、まあ……」
振り返ったヴィオレットの瞳は、キラキラと輝いていた。
これは魔法を前にした時に見かける、好奇心に満ち溢れた輝く瞳である。
ハイドランジアは首を傾げる。どうにも、想定していた反応と違う。
『わたくし、お父様が何か隠し事をしているって、気づいていましたの。だって、普通じゃないでしょう? 社交界デビューどころか、外出すら自由にできなくて、年頃になっても、見合い話の一つも浮上しない。絶対に猫化以外で何か問題があるはずだと、想像していましたの』
実は王家の隠し子だったとか、誘拐してきた子どもとか、亡国の姫君だったとか。
ヴィオレットはいろいろと自らの正体について、思いを馳せていたようだ。
『でも、前世は竜ということは、まったく想像していませんでしたわ!』
「……」
『旦那様、どうかしましたの?』
「いや、この話を聞いて、ショックを受けると思っていたのだが」
『驚きましたが、悪い意味でのショックはありませんでしたわ』
想像力が豊かなヴィオレットは、自分が特別な存在であるという妄想をして時間を潰していたらしい。
『だって、そうでもしないと、やっていけませんわ』
「そう……だな」
想像以上の前向きさを、頼もしいと思えばいいのか。
だが、すべてを打ち明ける気は毛頭ない。
ヴィオレットが気に病むといけないので、シランが命を懸けて守ったことは言わないでおく。
『それにしても、トリトマ・セシリアとエゼール家の魔法使いは酷いですわ』
「まったくだ」
前世の竜を殺しただけでは飽き足らず、無理矢理転生させて現代に蘇らせた。
それだけではなく、竜の力を使って玉座に納まろうとしていた。
『あの、旦那様』
「なんだ?」
『竜の力を、わたくし達が借りることはできませんの?』
「それは──」
竜の力を得たら、トリトマ・セシリアやエゼール家の魔法使いなど敵ではなくなる。
しかし、封印している竜を呼び起こすのは、あまりにも危険だ。
「お前の体が、竜に乗っ取られる可能性がある」
『そうならないようにできないのかと、聞いているのです』
「……」
ハイドランジアは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
世界最強の生物と云われる竜は、人の手でどうにかできる存在ではない。
では、どうすればいいのか。
ハイドランジアはしぶしぶと、奥の手を口にした。
「ポメラニアンの力を借りる」




