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婚活エルフとド迫力美女の登場

 病弱で、社交界に一度も出たことがないというヴィオレット・フォン・ノースポール。

 十九歳で独身というのは、貴族社会では嫁き遅れだろう。

 ただ、結婚するにあたって女性は女主人を務め、世継ぎとなる子を産まなければならない。

 健康で元気な女性が望まれるのは、当たり前のことだろう。

 一方、ハイドランジアは病弱でも、嫁き遅れでもまったく問題ない。お飾りの妻だからだ。

 ほしいのは、結婚したという事実だけ。

 その観点から見たら、ヴィオレットは実に都合がいい花嫁ともいえる。


「ヴィオレットお嬢様をお連れしました」


 病弱だと聞いていたが、今日は起き上がっても大丈夫なのか。そんなことを考えながら、開かれた扉のほうを見る。

 きっと、儚げな女性なのだろう。そう、決めつけていた。

 しかし──やって来たのは、金髪碧眼の派手な美女だった。

 金の髪は縦に巻かれ、瞳は猫の目のように吊り上がっている。青い目は、生意気と強気が入り混じった色合いだ。くるりと上を向いた長い睫毛は、彼女の気の強さを表しているかのよう。肌は白いが、健康的な白さだ。背はすらりと高く、出る所は出ていて、引っ込んでいる所は引っ込んでいる見事な体形の持ち主でもある。


 彼女がヴィオレット嬢なのか。だとしたら、あまりにも想像と違う。

 ハイドランジアは思いっきり顔を顰めてしまった。

 胸が大きいド派手な美人であるが、一番嫌いなタイプであった。

 彼女がヴィオレット嬢ではありませんように。そんな願いをしようと思っていた矢先に、大きな声で祈りは中断された。


「まあ! お兄様、なんてことですの? お客様に、お茶をお出ししていないなんて!」


 ヴィオレットは回れ右をして、廊下に出る。そして、大きな声で叫んだ。


「ちょっと、オーキッド、何をしていますの? お客様のお茶の用意を急いで!」


 よく通る、凛とした美しい声だった。とても、病弱な娘のものとは思えない声量である。

 ノースポール伯爵を「お兄様」と呼んだが、妹だと決まったわけではない。従妹や義妹の可能性もある。

 彼女が、ヴィオレット嬢なわけがなかった。

 ハイドランジアは華やかな美女から視線を逸らし、明後日の方向を眺める。

 だが、次の瞬間に、その美女はハイドランジアの視界いっぱいに飛び込んできた。


「あなた、エルフですの!?」


 心臓が止まるかと思った。

 キラキラで好奇心に満ちた青い目が、ハイドランジアをまっすぐに見る。

 迫力のある美女が、身を屈めてハイドランジアを覗き込んでいたのだ。

 彼女が首を傾げた瞬間に金の巻き毛が肩から落ち、胸の谷間から脇のほうへと流れる。

 この瞬間、ハイドランジアは思った。魔物図鑑に描かれる淫魔サキュバスは、このような美しい女の姿をしていた、と。


「お兄様、エルフがいますわ!」

「こ、こら! 指を指すんじゃない!」

「エルフって、本当に実在しますのね」

「わかったから、とりあえず、座りなさい」


 美女はノースポール伯爵の隣に腰かけ、じっと観察するようにハイドランジアを見ている。

 女性からイヤになるほど熱烈な視線を浴びてきたハイドランジアであったが、目の前の美女の視線はいささか種類が違っていた。


 幼い少年が珍しい虫を見つけたかのような、暁星ぎょうせいを見つけた天文学者のような。そんな、純粋な興味津々たる視線だった。


「ローダンセ公爵閣下、これが、その、妹のヴィオレット、です」

「初めまして、ヴィオレットですわ」

「……」


 やはり、彼女がヴィオレット嬢だったのだ。


「あの、あなた、魔法! 使えますの?」


 ヴィオレットはテーブルに両手を突き、前のめりでハイドランジアに問いかけてくる。

 目線の先には、まろやかな胸元が覗いていた。

 別に、見ようとして見たわけではない。胸のほうから、視界に飛び込んできたのだ。

 ヴィオレットを見るが、彼女の輝く瞳は好奇心の塊のようで色気のあるものではなかった。

 どうやら、わざと胸を見せているわけではないようだ。

 ハイドランジアは眉間の皺を揉み解し、目線を逸らす。あまりにも、無防備だった。


「魔法で、暖炉に火をつけていただけるかしら? 薪を買うお金もなくって」

「こら、ヴィオレット!」


 寒いと思っていた部屋は、わざとではなかったらしい。薪を買う金がなかったと。

 よくよく見たら、ヴィオレットのドレスは先ほど見かけた肖像画の中の女性が纏っているものに似ていた。

 恐らく描かれていたのは彼女の母親だろう。同じ型だとしたら、かなり古いものになる。

 ノースポール伯爵家は貧乏貴族のようだ。

 それでも尚、結婚の申し出を受けなかったノースポール伯爵の慎重な性格を褒めたらいいものか。


 それにしても、ヴィオレット嬢にはどんな秘密があるのか気になる。

 病気でないとしたら、別の問題があるのだろう。

 気が強い、というだけでは結婚相手としてマイナスにはならない。それどころか、これだけの美貌を持っていたら引く手数多だろう。


「あなた、魔法が使えないエルフですの?」


 ドン! と、テーブルが力いっぱい叩かれた。


「そんなわけないだろうが!!」


 ハイドランジアの叫びではない。ノースポール伯爵の怒りのツッコミである。


「ヴィオレット、この御方は、魔法師団主席の、第一魔法師でもある、ハイドランジア・フォン・ローダンセ公爵で──お前の求婚者だ!!」

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