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告白エルフと絶叫嫁

 結婚を後押ししたのは、ヴィオレットの猫化だった。

 猫のヴィオレットは震えるほど可愛かったし、異性に触れるだけで猫の姿になるということは──夫の務めを果たさなくていい。

 まさに、猫好きで女嫌いなハイドランジアに、都合のいい結婚だったのだ。


 結婚は偽装だ。

 これまでの毎日とさほど変わらない。そう思っていたが、ハイドランジアの生活は一変した。


 ヴィオレットは魔法を習いたがった。そのため、彼女と話をする機会が増えた。

 彼女は、見目は高慢そうで派手な美女である。ハイドランジアがもっとも苦手なタイプだった。

 けれど、話してみたら案外悪くなかった。


「お前の人となりを知っていくうちに、こういう生活も、いいと思うようになれたんだ」

『それは、本当、ですの?』

「ああ、本当だ。だから──」


 ハイドランジアはすっと手を差し出して言った。


「これからも、私の妻で、いてくれないか?」

『!』


 ヴィオレットの逆立っていた毛は元に戻り、まんまるの目をハイドランジアに向けている。


 もしも、ヴィオレットが大の猫好きの男がイヤだというのならば、諦めるしかない。


『あ、あの』

「なんだ?」

『一つ、質問がありますの。もしも、わたくしが猫化しなくなったら、この結婚は解消しますの?』

「なぜ、そんなことを聞いてくるんだ?」

『だ、だって、あなたは猫が、お好きなのでしょう? 猫化ができなくなったら、わたくしは用済み、ですよね?』

「そんなことはしない。どんな姿であっても、お前は私の妻であってほしい」

『猫ではない、わたくしでも、いい、と?』

「そうだと言っている」


 そう答えると、ヴィオレットはトコトコトコトコと素早くハイドランジアに接近し、今度はキラキラした丸い目を向けている。


『わたくしも、あなたの、妻でいたいと、思っております』


 ハイドランジアの差し出す手に、ヴィオレットは肉球を重ねた。

 ふにふにとした柔らかな肉球の感触を、信じがたく思った。


「私の趣味を、認めてくれるというのか?」

『ええ。別に、猫好きくらい、なんてことありませんわ』

「ありがとう」


 ハイドランジアはヴィオレットを抱き上げ、胸に抱く。

 今度は、じっと大人しくしていた──が。ここで、再びヴィオレットの前に魔法陣が浮かぶ。


「ぐうっ!」

「きゃあ!」


 ハイドランジアは後ろに倒れ、ヴィオレットは押し倒す形になる。

 ガン! と強く後頭部を打ったが、今はそれどころではない。

 ヴィオレットの三角形の耳は半円形になり、ふかふかの毛並みはなめらかな白い肌となる。巻いた金の髪に、大きなアーモンド形の目、スッと通った鼻立ちに、サクランボのような唇。それから、すらりと伸びた手足に、ぷるりと揺れる胸──ヴィオレットは、突然人の姿へと戻った。


 唇と唇が触れ合いそうな距離にまで顔が近づく。

 ハイドランジアの心臓はバクバクと鳴っていた。

 今までどんな可愛い猫を目の前にしても、このようにドキドキすることなどなかった。

 しかし今、ヴィオレットを前にして、激しく胸が高鳴っている。

 頬に手を添えると、ヴィオレットはうっとりとした目で見つめ返してきた。


「ヴィオレット」

「旦那様……って、きゃあああああ!!」


 ヴィオレットは今になって、人の姿に戻ったことに気づいたようだ。


「やっ、やだやだ、な、なんで、わたくし、戻って!?」

「お、落ち着け、ヴィオレット!」

「あ、あなた、わたくしを見てはダメ!」


 そう言って、ヴィオレットはハイドランジアの目と鼻、口のすべてを塞いだ。


「むぐぐ、むぐぐぐぐぐ!!」

「大人しくなさって!! また、バーベナが来てしまうでしょう!?」

「失礼いたします! 悲鳴が聞こえたのですが奥様、どうなさ──おっと!」


 バーベナが見たのは、ハイドランジアに馬乗りになった裸のヴィオレットである。


「バーベナ、わたくしは大丈夫ですわ。これは、夫婦の問題ですので」

「で、ですが……?」

「むぐぐぐぐ!!」

「大丈夫ですので」

「あの、旦那様が、息をしていないように思われるのですが?」

「あ、あら、本当ですわ!」


 バーベナのおかげで、ハイドランジアは事なきを得た。


 ◇◇◇


 ハイドランジアとヴィオレットは互いの気持ちを確認し、再び夫婦として歩む。

 まず、ヴィオレットの変化魔法について調べる。

 なぜ、ハイドランジアと触れた時だけ、変化魔法が発動しないのか。

 もしかして、ヴィオレットにとって特別な存在だからなのか。

 それとも──。


『お主が、意識されていないからではないか?』

「は!?」


 背後から信じがたい言葉が聞こえる。振り返った先にいたのは、大精霊ポメラニアンだった。


『お前は嫁にとって、まったくの無害な男なのだ。だから、自分自身を守る必要はない、人畜無害な男』

「無害な……男……?」

『そうだ』


 別に、特別でもなんでもない。ハイドランジアはヴィオレットにとって、取るに足らない相手なのだ。

 そう思えば、変化魔法が発動しない理由も説明が容易い。


『もしやお前、嫁が自分のことが好きだから、変化しないのだと勘違いしていたのか?』

「普通、そう思うだろう」

『これだから、恋愛経験のない男は困るんだ』

「うるさい、ポメラニアン」


 何か、好かれるようなことをしたのかと言われ、何も言い返せなくなる。


『これから、嫁を溺愛しまくるのだ』

「で、溺愛、しまくる!?」


 溺愛しろと言われ、頭の中が真っ白になる。

 具体的にどうすればいいのか。


『知りたいか?』

「し、知りたい……! どうか、頼む……!」

『ふん。仕方がないな』


 こうして、ハイドランジアはポメラニアンに溺愛について学ぶことにした。


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