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弁解エルフとぐるぐるの嫁

 ハイドランジアが触れた時は平気だったのに、家令であるヘリオトロープが触れたらヴィオレットは猫化した。

 これは、いったいどういうことなのか。

 ヴィオレットは理由が分からないのか、オロオロしている。


『わ、わたくし、どうして──』


 こんなふうになってしまうの?

 ヴィオレットは消え入りそうな声で呟く。

 過去の記憶は戻った。恐怖の原因も判明したのに、再び猫化してしまった。

 もう大丈夫だから、自由に外出できる。

 そんなふうに考えていたところでの猫化だったので、落ち込んでいるのだろう。


 大きな青の瞳から、大粒の涙がポロポロと流れてくる。それを見たハイドランジアはぎょっとした。


「なぜ、泣くのだ?」

『く、悔しくて』

「なぜ、悔しい? 外出ができないからか?」

『ち、違いますわ。このままだったらわたくし、何もできない役立たずの妻ですもの』

「そんなことはない」


 ヴィオレットの存在は、十分役目を果たしている。


「見合いの話もこなくなり、私の精神は穏やかだ。それに……家で、家族がいるというのは……まあ、悪いことではない」

『ほ、本当ですの? わたくしがいて、迷惑ではないと?』

「そうだ。それに、その猫の姿は…………可愛いと、思う」

『え?』

「二度目は言わない」


 ハイドランジアはぷいっと顔を逸らし、熱くなっている顔を極力隠す。


『わたくしの、猫の姿が、可愛い?』

「まあ、そうだな」

『そういえば、姿を鏡で見たことがありませんでしたわ』


 鏡はどこかと部屋をうろつく。居間にはないので、ハイドランジアはヴィオレットの体を掬うように抱き、衣裳部屋へと連れて行く。


『きゃあ!』

「大人しくしていろ」


 相変わらず、ヴィオレットの毛並みはふわふわで、最高だった。

 胸に抱きながら、至福の時間を過ごす。


 鏡の前に立って、ヴィオレットに自身の姿を見せてやった。


『こ、これが、わたくし?』

「そうだ」

『たしかに……あなたの言う通り、か……可愛いと思いますわ』

「だろう?」


 しばし、ヴィオレットは自身の姿に見入っている。

 自然と頭を撫で、ヴィオレットは目を窄めた。


『ふふ……』


 淡く微笑んだあと、ヴィオレットはハッとなりハイドランジアの胸から跳び出した。

 先ほどのリラックスした表情とは打って変わって、キリリとした表情でハイドランジアを見上げる。


「いきなり、どうした?」

『あ、あなた、もしかして、猫好き・・・、ですの?』

「それは……」


 ヴィオレットに嘘は吐かないと決めている。だから、ハイドランジアは素直に頷いた。


「犬よりも、猫が好きなだけだ」

『!』


 それを聞いたヴィオレットは、大きく後ろへと跳んだ。

 ハイドランジアが近づけば、一歩後ろへと下がる。


「どうした、我が妻ヴィオレット?」

『あ、あなた、もしかして……』

「ん?」


 ヴィオレットの尻尾はピンと張り、背中の毛並みが逆立つ。

 明らかに、警戒されていた。


『わたくしが、猫だから結婚しましたの?』

「……」


 その質問に対する答えは──はいであり、いいえでもある。


『猫が好きだから、わたくしに優しくしてくださったのです?』


 それも、答えは先ほどと同じだ。


『沈黙は、肯定しているようなものですわ』

「ヴィオレット、落ち着け」

『もしかして、猫にしか欲情しない変態ですの?』

「それは違う!」


 否定したものの、ヴィオレットの瞳には疑心の色が滲んでいた。

 猫好きがバレたことによって、話がこじれそうになっている。

 ここで、喧嘩をしている場合ではない。

 今は夫婦力を合わせて、問題を解決しなければならないのだ。


 ハイドランジアは息を大きく吸い込んで──はく。

 腹を括り、隠していた事情を話すことにした。


 その場に片膝を突き、ヴィオレットと視線を近くする。見下ろしたまま話をするのは、よくないと思ったからだ。


 ヴィオレットは姿勢を低くし、ぐるぐると唸っている。警戒心が最大値まで跳ね上がっているようだった。


「ヴィオレット、聞いてくれ」


 ピクリと耳が動く。一応、話は聞いてくれるようだ。

 今まで、誰にも話したことがないことを告白した。


「財産、家柄、エルフ族の血筋と、恵まれた環境で生まれた私には、子どものころから女がつきまとっていた」


 皆、誰一人としてハイドランジアを見ていない。

 公爵家の財産と家柄、エルフの美貌しか見ていなかった。


 日々、蜜に引き寄せられた虫のように寄ってたかる女達に、ハイドランジアはうんざりしていたのだ。

 まだ、近づいて自らを主張するだけだったらマシなもので、媚薬や眠気薬を盛られたり、寝室に忍び込まれたりと身の毛がよだつような事件もあった。


「そんなことが積み重なるうちに、私は大の女嫌いとなった」


 結婚なんて絶対にしない。次代のローダンセ公爵位は従兄が継げばいい。そんなことを考えていた。


「しかし、周囲は私を放っておかなかった」


 十六歳となり成人と認められる年齢となれば、次々と結婚話が浮上した。


「鬱陶しく思った私は、お前の父親に、婚約話を持ちかけたのだ」

『そ、そう、でしたの。知りませんでしたわ……』


 十年後、再び我慢できないような事態となり、ハイドランジアは渋々結婚を決意する。

 今まで何も言ってこなかったノースポール伯爵家の娘ならば、煩わしいと思うことはないのではないか。

 もしかしたら、偽装結婚にも応じてくれるかもしれない。

 そんなことを考えつつ、ハイドランジアはノースポール伯爵家を訪問した。


「そこで私は、お前と出会った」

『ええ……』


 輝く金の巻き髪に、美しいが派手な容貌、出ているべきところは出ていて、引っ込んでいるべきところは引っ込んでいるスタイルの素晴らしさ。

 近づけば、薔薇に似た豪奢な香りが漂う。

 ヴィオレット・フォン・ノースポールは、ハイドランジアが一番嫌いなタイプに見えた。

 しかし──彼女はエルフが来たと無邪気に喜び、魔法が使えるのかとキラキラした瞳で問いかける、一風変わった令嬢だった。


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