衝撃エルフと嫁の謎について
むかしむかし、あるところに竜がいた。
親もなく、姉弟もなく、仲間もいない孤独な竜だった。
森の奥地に住んでいる中で、エルフと出会う。
竜と邂逅したエルフは、人前に出ないように言い含めた。しかし、孤独を感じていた竜はエルフのあとを追いかけて行ってしまう。
結局、エルフは竜を邪険にできず、傍に置いた。おかげで、エルフは竜と心を通わせる変り者として見られることとなった。
それも無理はない。
人にとって竜は神秘的な存在であるが、エルフにとって竜は森の魔力を減らす厄介者扱いだった。
エルフと竜は長い間、共に暮らす。しかし、そんな中で、変化が訪れた。
とある国の王子がやって来て、共に魔王を倒そうと言ってエルフを連れ出そうとする。
魔王討伐に竜も行きたいと主張した。しかし、エルフは「人里は恐ろしく、人間は残虐だから、森から出ないほうがよい」と言って突き放される。
あっさりと、竜は置いて行かれてしまった。
しかし、竜はエルフのことを諦めていなかった。変化の魔法を使って王子の姿を取り、エルフのあとを追いかけてしまう。
竜がエルフを見つけるまで、数年の歳月が経っていた。
ようやく発見したエルフは、人間の女性を妻として娶って家族を作っていたのだ。
もう、竜の入り込む隙間などない。愕然とする。
そんな中で、竜は魔術医の魔法使いと出会う。国の王子と同じ姿形を取っていた竜を、見咎めたのだ。
誰にも言わないことを条件に、魔術医はある取引を持ちかける。
彼は王妃の主治医だったが、魔法の失敗が原因で殺してしまったらしい。
露見したら、大変なことになる。
死者蘇生の魔法を行うまで、王妃の振りをしておいてくれと乞われた。
竜は渋々と、王妃の姿へと転じ、王妃の振りをしていた。エルフとの暮らしとは違い、実につまらない毎日だった。
一方、エルフは爵位を得て、王族に仕えていた。
すぐ目の前にエルフがいるのに、自分は竜だと言いだすことは赦されない。
切ない日々を過ごす。
そんな中で、国王に竜だとバレてしまった。
いったいどうしてなのか。
すぐに、原因が明らかとなる。魔術医が喋ったのだ。
どうやら王妃の死がバレ、代わりに竜の存在を国王へ密告したらしい。
竜は衝撃を受ける。
人里は恐ろしく、人間は凶悪な存在だと、エルフが言っていたのだ。その通りだったと、ポロポロ涙を零す。
国王は竜との間に、子を望んでいた。
竜は、そんなことなど望んでいない。
もう、逃げたほうがいい。そう思って竜の姿に戻ろうとしたが、長い間変化魔法を使っていたので、自分の姿を思いだせなくなっていた。
最終的に、魔術医の姿を取って難を逃れる。
しかし今度は、魔術医を悪とする集団に捕まり──首を刎ねられてしまった。
あっけない人生だった。
竜の中に残っているのは、言葉にできない人への恐怖である。
しかし、竜を輪廻から引っ張る存在がいた。
かつて、王宮で侍医をしていた魔術医の魂を引き継ぎ転生した魔法使いである。
彼は国王の生まれ変わりと手を組み、魔術医の地位向上を目指す新しい国を作ろうと企んでいた。
そのためには、竜の花嫁が必要だった。
◇◇◇
「まさか、その竜の花嫁というのは──」
『お主の嫁だ』
「!?」
頭上から雷が落ちてきたような衝撃を受ける。
『ヴィオレット・フォン・ノースポールとして生を受けた竜であったが、前世の記憶はなかった』
ヴィオレットはシランの娘として、すくすく育つ──はずだった。
『ある日、竜の意識が娘に出るようになったのだ』
竜は人を恐れ、自害を繰り返そうとした。
シランはいち早くヴィオレットが転生した存在であることに気づき、なんとか止めようとする。しかし、人にできることには限界があった。
『そこで、奴は私を召喚した。私はシラン・フォン・ノースポールの願いを叶え、竜の意識を封じ、今に至る』
「……」
ハイドランジアはヴィオレットが作った魔力の結晶を一つ飲んだだけで、尽きかけていた魔力がほぼ回復した。
ただ者ではないと思っていたが、竜の魂を持って生まれた存在であることまでは想像できていなかった。
「もしや、そのエルフとは、ローダンセ公爵家の初代ではないのか?」
『まあ……そうだな』
「禁書室にあった本には、千年前よりも昔にあったこととして書かれていたが?」
『本は創作だ。どうとでも、書ける』
「……」
『すぐに、受け入れられることではないだろうが』
「当たり前だ。こんなの……ふざけている」
冷静に物事を考えることはできない。
一晩経ってからまた話すことを約束し、ハイドランジアは眠ることにした。
もう、やけくそだった。
眠るヴィオレットの隣に寝転がり、自らに睡眠魔法をかける。
効果は絶大で、すぐに眠ることができた。
◇◇◇
翌日。
「きゃ~~~~~!!」
絹を裂くような悲鳴を聞き、ハイドランジアは飛び起きた。
悲鳴を上げたのは、ヴィオレットだった。
「誰かやってきたのか!? 安心しろ、私が守ってやる」
「な、何をおっしゃっていますの~~!?」
ヴィオレットを安心させるために抱き寄せたが、相手が裸だったことに気づく。
そして、なぜか猫化しなかった。
「奥様!!」
悲鳴を聞いたバーベナが、ハイドランジアの寝室に飛び込んできた。
彼女が見たのは、裸のヴィオレットを抱くハイドランジア。
「あっ……」
判断に迷ったのか、銅像のように動かなくなってしまう。
ここで、ハイドランジアは我に返った。
ヴィオレットはきっと、裸で目が覚めたあとすぐ近くにハイドランジアがいたので悲鳴をあげたのだろうと。
「バーベナ、下がれ」
「で、ですよね」
パタンと扉が閉まったあと、ふうと息をはく。
「は、放してくださいまし!!」
ハイドランジアは目を閉じ、そっと両手を上げた。