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虫の息エルフとポメラニアン

「ポメラニ──ぐうっ!!」


 ポメラニアンの名前を呼ぼうとした瞬間、今まで感じたことのない頭の痛みに襲われる。

 息も思うようにできなくなった。

 そんなハイドランジアを、ポメラニアンは頭上から傍観していた。


「お、お前は……!」


 ハイドランジアを陥れようとしているのか。その問いかけは、言葉にならない。

 ここで、ようやく気づく。

 魔力が、枯渇しているのだ。

 今、生きるか死ぬかの、瀬戸際にいる。それほどに、ハイドランジアの体内には魔力がなかったのだ。


「クソ……ポメラ、ニアン、め……!」


 視界の端に、ヴィオレットが眠っている様子を捉える。ハイドランジアとは違い、穏やかな寝息を立てている。まだ、目覚めていないようだった。


「わ、私に、何を……した……!」

『やれやれ。手がかかるやつめ』

「なん、だと?」


 ポメラニアンはため息を一つ落とし、寝台から跳び下りる。そして、椅子にかけてあったハイドランジアの上着から、革袋を取り出した。

 それを銜え、寝台へと戻ってくる。


『ほれ。お前の嫁が作った魔力の結晶体だ。これを体内へと取り込めば、動くこともできるであろう』

「……」


 ポメラニアンがハイドランジアをこのような状態にしたと思っていたが、違うようだった。ならば、いったいなぜこのような状態になっているのか。


 答えを出すよりも先に、魔力を補給しなければならない。

 手を動かそうとするが、まったく力が入らなかった。


「お、おい……ポメ、ラニアン。早く、わ、私に、魔力の結晶体を、の、飲ませ、ろ」

『なんという上から目線なのだ。私が魔力の枯渇状態まで陥れたと、勘違いしよったくせに』

「わ、悪かった。た、頼む。このままだと、本当に、死ぬ」

『むう!』


 中年親父声の「むう!」は、死ぬほど可愛くない。しかし、それを指摘している場合ではなかった。


「言うことは、なんでも、聞く。だから、頼む」

『わかったぞよ』


 仕方がない。そんなことをぼやきつつ、ポメラニアンは革袋を開封し、中から魔力の結晶体を銜えようとする。

 ここで、ハイドランジアは嫌な予感がしたので、ポメラニアンに待ったをかけた。


「お、おい……待て」

『なんぞ?』

「も、もしや、口移しで、飲ませるのでは……ないよな?」

『それ以外の方法があれば、教えてほしいぞよ?』

「……」


 犬の手では、魔力の結晶体を持つことができない。

 口移しで与えるしかないようだ。


「待て。少し、方法を……考え──」

『死にかけなくせに、つべこべ言うな。ほれ!!』

「!?」


 ポメラニアンは魔力の結晶体を咥え、問答無用でハイドランジアの口に運んだ。

 結晶化したヴィオレットの魔力は、舌の上ですぐに溶けた。

 馨しい薔薇の芳香が広がり、甘美な味わいが口の中に広がる。

 動かなかった体が、一瞬にして魔力を取り戻した。すぐに、起き上がれるようになる。


 たった一粒で、ハイドランジアの魔力はすべて回復した。

 いったい、ヴィオレットはどれだけの魔力を持っているのか。


「それよりもポメラニアン。お前、どういうことだ!」

『どういうこととは?』

「精神干渉術の魔力消費量がおかしかったのだが!?」

『それはお主が、やってはいけないことをしたため、魔力を大量消費してしまったのだろう』

「してはいけないこと、だと? どういうことだ?」

『そもそも、精神干渉術は記憶に直接干渉し、覗き込むものではない。過去の世界に飛んで、記憶を実際に見るものなのだ』

「なん……だと!?」

『お主は過去の世界に飛んで行き、過去の世界に生きる者と話してしまった。だから、代償として多くの魔力を消費したのだ』


 精神干渉術は過去へ飛ぶ魔法である。突然そう言われても、信じられる話ではない。


『最初に精神干渉術とやらの魔法書の翻訳した者が、魔法の意味合いを勘違いしたのだろう』

「……」

『お主がいたことによって、嫁は助かったのだ』

「だったら……私がヴィオレットに猫がどうこうと話したから、猫の姿に? しかし、そんなことが、起こりうるのか……?」

『この世の因果律の中に、お前の行動も取り込まれていたのだろう』


 卵が先か、鶏が先か。考えれば考えるほど、わけがわからなくなる。


『もう、気にするな。この魔法は、かなり複雑なものなのだ。他にも、疑問に思うことがあるのだろう?』


 ポメラニアンの言葉に、ハッと我に返る。ハイドランジアは二つ目の疑問をぶつけた。


「なぜ、お前はノースポール伯爵家の者と関わり合いを持っていた?」

『腐れ縁よ』

「詳しく説明しろ」

『ものを頼む態度ではないが……まあ、いい』


 ポメラニアンは寝台の上に伏せの状態で座り、語り始める。


『あれは、この娘が五つの時の話であったか──』


 暇を持て余していたポメラニアンは、ヴィオレットの父シランの召喚に応えた。


『普段は呼ばれても応えることはないのだが、当時は気まぐれに召喚されてやった』


 シランは現れたポメラニアンに、とんでもないことを願う。


『娘の中にもう一つの人格があり、その者は自殺を図ろうとしている。どうか、封じてくれと、乞われたのだ』

「もう一つの、人格──?」

『ああ。かつてここの国に生きた、国王の妻の人格が、娘の中に在ったのだ』


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