婚活エルフと歓迎されていない会合
忙しい日々を過ごすハイドランジアのもとに、一通の手紙が届く。
「ローダンセ閣下、速達の書簡が届いておりますが?」
「開封して読んでくれ」
「御意に」
副官のクインスがペーパーナイフで丁寧に手紙を開封する。
社交期の時季は、貴族が王都に集まるため街中でトラブルも増える。
魔法が絡んだ事件はすべて、魔法師団に回されるのだ。その中でも、重大事件の場合はハイドランジアが判断を下す。
昨晩だけで、五十件事件が発生していた。
違法魔石を販売する組織的な犯罪だったり、インチキ占い師が貴族から金を奪い取る事案だったり、媚薬が出回ったり。頭が痛くなるような案件ばかりである。
「お手紙ですが……その、閣下」
「なんだ? いいから読め。なんのために、お前は私の副官をしているのだ」
「は、はい。では……」
クインスが緊張の面持ちでいるのに、ハイドランジアは気づいていない。
真面目な副官は、命じられた通り手紙を読む。
「──前略、先日戴いた、妹ヴィオレットとの結婚についてですが」
「!?」
ハイドランジアは無言で立ち上がり、クインスから手紙を奪い取る。
ヴィオレットの兄、ノースポール伯爵からの手紙だった。
まさか、職場に私的な手紙が届くとは想定していなかったのだ。
なんとも気まずい雰囲気となったので、ハイドランジアはクインスに命令を下す。
「クインス、この書類を事務局へ持っていけ」
「御意に」
クインスはおろおろしながらも書類を手に取り、ハイドランジアの執務室から退室していった。
深い息をはくと、椅子に腰かける。
ノースポール伯爵からの手紙にはヴィオレットとの結婚については大変光栄であるものの、一度話をしたいと書いてあった。おそらく、病弱な妹を嫁にやるのが心配なのだろう。
別に、嫁いできても公爵家の女主人をやらせる気はない。
そもそも、ローダンセ公爵家は社交を重要視していなかった。
家同士の繋がりを作り、社会的地位を確固たるものにする必要はまったくないからだ。
ローダンセ公爵家は家柄も、財産も、社会的地位もすでにある。
そのため、歴代の当主は控えめで主張の少ない女性を妻として迎えることが多かった。
父もそれに倣って、大人しく病弱な妻を迎えた。
三歩うしろを歩く、楚々とした女性だったらしいが、ハイドランジアを産んですぐに儚くなってしまった。
ローダンセ公爵家の歴史を辿ると、若くして亡くなる妻が多い。
それは、高い魔力にあてられ、命を縮めてしまったとも云われている。もちろん、それは公爵家の者がいない裏での悪口であるが。
ローダンセ公爵家の地獄耳は、そんな悪口も拾ってしまう。悲しいことだが、恵まれ過ぎた者に対しては、そういう妬みの感情はつきものだった。
──ローダンセ公爵家の花嫁はもれなく早死にする。
自らの娘がそうなろうとも、妻にと差し出そうとする親はあとを絶たない。それだけ、ローダンセ公爵家の婚姻は絶大な旨味があるのだ。
その噂を耳にしているので、ノースポール伯爵も結婚に慎重になっているのかもしれない。
魔力にあてられて死ぬ云々という話は、まったくのデタラメである。一応、その点は初代の当主が対策を取っているのだ。
花嫁に贈られる指輪には、強い耐魔力の魔法が込められている。そのため、夫である者の魔力の干渉は受けることはない。
とにかく、ノースポール伯爵は結婚に不安を抱いているようなので、説明をしなければ。
約束の日は三日後。それまでに、ハイドランジアはいくつかある耐魔の指輪を探すことにした。
◇◇◇
三日後。ノースポール伯爵と面会する日がやって来た。
太陽が沈み、夜の雲間から明るい月が顔を覗かせる。
仕事を終えたハイドランジアは、約束の時間にノースポール伯爵家に転移魔法で向かった。
貴族の邸宅が並ぶ中央街の端に、ノースポール伯爵家の屋敷があった。
こじんまりとした屋敷は、リリフィルティア国の避暑地の別邸よりもささやかな規模である。
ノースポール伯爵家は北方にある領地で農業を行い、そこから収益を得ている。ただ、痩せた大地のため、多くの富はもたらさない。
歴史ある伯爵家とは名ばかりで、実に質素な暮らしをしていることは庭に植えてある草花を見るだけで推測できた。
貴族の財は、庭を見ればだいだい推し量れるのだ。
玄関先で使用人が出迎える。年老いた白髪頭の執事が外套を受け取ったあと、ノースポール伯爵の待つ客間へ案内してくれた。
廊下は驚くほど薄暗い。灯りが、あまり点されていないからだろう。絨毯すら敷かれていない木の床は、歩くごとにギシギシと音を鳴らしている。かなり、年季の入った家のようだ。
廊下には女性の肖像画か飾られている。歴代の奥方なのか。もっとも新しい肖像画は、金髪碧眼の美しい女性だった。
「こちらです」
案内された客間はヒヤリとしていた。暖炉に、火が点されていないからだ。歓迎してないと暗に主張しているのか。外套を脱いでしまったことを後悔した。
ノースポール伯爵は、細身で生気に乏しい大人しそうな青年であった。
驚くほど、父親と生き写しである。
「どうも、初めまして……」
弱々しく握るノースポール伯爵の手を、ハイドランジアは力を込めて握り返した。
ノースポール伯爵は苦笑し、さっと手を引き抜く。
座った途端に、結婚についての話が始まった。
「そ、それで、妹との、結婚についてなのですが」
前置きはせず、茶を出す前から本題を話し始める。社交界の儀礼的には失礼なものであったが、ハイドランジアは気にしない。
「少々、妹ヴィオレットはワケアリでして」
「構わん。それは、貴殿の父からも聞いている」
「えっと、あの、そうだったのですね」
父シランからハイドランジアのことは聞いていなかったようで、寝耳に水だとこぼす。
ノースポール伯爵はとても、結婚を手放しに歓迎しているようには見えなかった。
「して、ヴィオレット嬢にどういった不都合が?」
「し、信じていただくには、妹を直接ご覧になったほうが、いいかと」
客間に呼んでもいいかと聞かれ、ハイドランジアは二つ返事で了承した。