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焦燥エルフとヴィオレットの失くした記憶

「ヴィー、今日はお客さんがくるから、部屋で大人しくしているんだよ」

「まあ! 今日は、魔法のお店に行きたいと思っていましたのに!」

「外出は一ヵ月に一回だと、言っているだろう?」

「お兄様は毎日お出かけになっているのに!」

「ロジーは社交があるからだよ」

「わたくしも、社交をしたいですわ」

「ヴィーにはまだ早い」


 ヴィオレットは頬を膨らませてシランを睨んだが、効果はないようだった。


「前は一ヵ月に三回だったのに……。それに最近は、家にお友達を呼ぶのもダメって……」

「今だけだ。我慢してくれ」

「我慢なんて、できませんわ! お父様なんか、大嫌い!」


 べーっと舌を出し、ヴィオレットは廊下を駆けて行く。

 シランは溜息をつき、再び背中を丸めて歩き出す。


 そんな親子の会話に、ハイドランジアは首を傾げた。

 ヴィオレットは猫化の呪いが発覚する前なのに、外出を禁じているようだ。

 子どもも貴族女性も、そこまで頻繁に外に出ることはないが、一ヵ月に一回は少なすぎる。

 シランは娘に対して過保護だったのか。わからない。


 おそらく、まだ明らかになっていない事情があるのだろう。

 シランとヴィオレット、どちらを追いかけるべきか迷った。だが、ここはヴィオレットの記憶の中の世界である。もしも離れたらどうなるかわからないので、ヴィオレットを追うことにした。


 ノースポール伯爵家の内部は、以前とだいぶ違っている。

 まず、廊下に絨毯が敷いてあった。それに、使用人の数もそこそこいる。

 どうして今はあのようになってしまったのか。

 トリトマ・セシリアから金を要求されていたことは知っているが、ここまで変わるものなのかと疑問に思ったのだ。


 そんなことはひとまず置いておいて、ヴィオレットを探すことにする。


 記憶の中を歩き回る、というのは不思議な気分である。

 自身にも色がなく、全体的に灰色だというのはどうにも慣れない。

 ヴィオレットの記憶の中なので、当然魔法は使えない。そのため、一部屋一部屋探すこととなった。

 途中、ヴィオレットの私物を運ぶ使用人を発見した。尾行したのちに部屋らしき場所も覗いたが、中は無人だった。

 再びうろうろしていたら、メイド達の会話が耳に入る。


「ヴィオレットお嬢様は?」

「旦那様の書斎よ」

「また? あまり、入らせないように言われているのに」

「仕方ないじゃない。遊びにも行けない、友達を呼ぶのもダメ。可哀想だわ」

「それが、旦那様の教育方針ですもの。仕方がないわ」

「そうだけれど……」

「一回、声をかけてくるわ」

「ええ、でも、無理に連れ戻すのは……」

「わかっているわ」


 メイドはヴィオレットがいるらしい、シランの書斎へ向かうようだった。ハイドランジアは後をつける。


 辿り着いたのは、重厚な二枚扉の前。メイドは扉を叩きながら、ヴィオレットの名前を呼ぶ。


「ヴィオレットお嬢様! ヴィオレットお嬢様!」


 反応はない。はたして、本当に書斎にいるのか。メイドは確認せず、名前を呼び続ける。


「旦那様の魔法書を読むのはいけませんよ。ヴィオレットお嬢様?」

「……わかっていますわ」


 か細い声が聞こえる。それは、エルフであるハイドランジアだからこそ聞き取ることができたのだろう。

 メイドは深いため息をつき、書斎の扉の前から去って行く。

 中にヴィオレットがいることはわかったので、扉の把手ドアノブに手をかけた。だが、触れることはできない。空気を掴むような感覚だった。

 もしかしたら、扉を開けずとも通過できるかもしれない。そう思って、扉に手を伸ばしてみる。

 指先は扉に当たることなく、そのまま通過していった。

 それならばと、閉まった扉に向かって一歩踏み出す。すると、書斎の中へ入ることに成功した。


 シランの書斎は薄暗く、四方八方が本棚に囲まれている閉塞感のある部屋だった。

 その隅に、ヴィオレットは蹲っていた。

 本も持たずに、しゃくりあげながら泣いている。


 どうして、シランは娘を家に閉じ込めていたのか。

 わからない。

 ハイドランジアは泣きじゃくるヴィオレットの前に跪き、頭を撫でた。


「だ、誰!?」


 やはり、ヴィオレットは記憶に干渉しているハイドランジアを感じ取っているようだった。


「誰か、そこにいますの!?」


 答えるべきかどうか、迷ってしまう。


「返事をしないと、お父様に、いいつけますわよ!」


 涙を浮かべつつも、強気の態度だった。実にらしい・・・と、ハイドランジアは思う。


「それとも、わたくしと勝負します?」

「やめておこう。私のほうが、きっと弱い」

「だ、誰ですの!?」

「……」


 なんと言おうか迷う。

 精神干渉系の魔法は、相手の記憶を覗き込むだけのものだ。こうして、接触するという話は聞いたことがない。


「もしかして、精霊か、妖精ですの?」


 エルフ族なので、妖精に近い。しかし、何か影響があったらいけないだろう。そのためハイドランジアは別の存在──とっさに脳内に浮かんだ生き物を装うことにした。


「私は、猫だ」

「ね、猫?」

「そうだ」

「どうして、姿が見えませんの?」

「それは、生きる時空が違うからだ」

「よくわからないけれど、あなたは魔法の猫ちゃん、ですのね!」

「魔法の猫?」

「ええ。普通の猫は、喋れませんもの」

「確かに」


 子どもの発想力には、脱帽する。

 良い具合に納得してくれたようだ。


「あなたは、どうしてここに?」

「お前に、会いに来た」

「それは、どうしてですの?」

「私は、お前を守りたい。だから、ここに飛んできた」

「まあ! あなたは、わたくしの騎士ですの?」

「そうであればいいと、思っている」


 ハイドランジアと話しているうちにヴィオレットの暗い表情は消え、だんだん明るくなる。


「わたくしはヴィオレット・フォン・ノースポールですわ。あなた、名前はなんていいますの?」

「私は……すまない、言えない」

「そう。では、猫ちゃんと呼びますわ。わたくしのことは、ヴィーと呼んでくださいな」

「……」

「ヴィー、ですわ」


 ヴィオレットの父親も、ヴィーと呼んでいた。家族だけが呼ぶ愛称なのだろう。


「さあ、早く呼んでみて」

「……ヴィー」

「よくできました」


 九歳の少女に褒められるという、不思議な体験をする。

 その後も、ヴィオレットはハイドランジアに話しかけてくる。

 くるくると表情が変わり、笑顔を向けてきた。その様子は、可愛いとしか言いようがない。


 だが、この時間も長くは続かなかった。

 シランの書斎の扉が開かれ、メイドがやってくる。


「ヴィオレットお嬢様。旦那様が、部屋にいるようにと」

「イヤ。わたくし、猫ちゃんとお話していますの?」

「猫……?」


 メイドには、ハイドランジアの姿など見えていないのだろう。訝しげな表情を浮かべている。


「ヴィオレットお嬢様、申し訳ありません」


 そう言って、メイドは廊下にいる者に指示を出す。やってきたのは、従僕だった。

 ヴィオレットを抱き上げ、部屋に運ぶ。


「やだ、何をしますの!? 放して!!」


 ヴィオレットは手足をジタバタさせ、暴れていた。


「おい、嫌がっているだろう。止めないか」


 そう言って従僕の肩に手をかけたが、触れることはできずに空振りする。

 記憶の中の世界だからだ。ヴィオレットの記憶を改変させるようなことはできないのだろう。


「くっ……」

「猫ちゃん! 猫ちゃん」


 ヴィオレットはハイドランジアに助けを求めている。

 しかし、何もすることはできなかった。


「ヴィオレットお嬢様! 猫なんかおりません! 妄想も、たいがいになさってください!」

「猫ちゃんは、本当にいるのに!」

「また、夢物語のようなことを言って! 旦那様が悲しまれますよ!」

「!」


 そのやりとりを最後に、ヴィオレットは何も言わなくなる。

 そして、無理矢理部屋に閉じ込められ、寝室で泣いていた。

 助けることができなかったハイドランジアは、部屋の隅に佇むことしかできない。

 無力だった。


 ここで、部屋の鍵が開かれ、中に誰かが入ってくる。

 それは──トリトマ・セシリアだった。


「だ、誰?」

「覚えていないのか? 俺だ」

「え?」


 寝室に突然男が押し入る。ありえない事態である。

 ヴィオレットは涙で濡らした目を見開き、トリトマ・セシリアを見つめていた。


「前世で、夫婦だっただろう? 覚えていないのか?」

「な、何? あなた、何を、言っていますの?」


 ヴィオレットとトリトマ・セシリアは、前世で夫婦だったようだ。

 だから、ずっと執着していたのだ。


「お前の父親は、俺達の結婚に、反対した……」

「え?」

「前世で果たせなかったことを、今世で果たそうと思っていたのに」

「な、何を、おっしゃって……?」


 トリトマ・セシリアはずんずんと大股で、ヴィオレットの寝台へと近づく。

 ハイドランジアは止めようと手を伸ばしたが、それは空振りに終わる。


「お前の中には、大きな力が眠っている。しかし、婚約が結べなかった今、その覚醒を待つ余裕はない。だから──」


 その瞬間、とんでもない行動に出る。トリトマ・セシリアは腰ベルトに差してあったナイフを抜き、ヴィオレットに向かって振り下ろした。

 一発目は、空振りに終わる。


「止めろ!!」

「きゃあ!!」


 今度は土足で寝台に乗り、逃げようとするヴィオレットの腕を掴んだ。


「こいつ、放せ!!」


 干渉できないハイドランジアは、止められるわけもない暴行を止めようとする。

 触れることはできないし、声も聞こえない。

 何もかも、空しい行動だった。


「やだ、やだやだ!」

「大人しくしろ!!」


 どうやらナイフで突き刺し、何かの反応を見たいようだった。

 幼い少女に、どうしてそのような残酷なことができるのか。

 トリトマ・セシリアの行動と、何もできない自らに対する憤りが、その身を震えさせる。


「少し、痛みを感じるだけだ。我慢しろ」

「いやあああああああ!!!!」

「!?」


 一瞬、トリトマ・セシリアの動きが止まる。

 同時に、ドッと重く鈍い音がした。

 ふわりと、寝室に羽毛が舞う。


 バタリと人影は倒れ、白いシーツに血が散った。


 トリトマ・セシリアのナイフは、枕に深く突き刺さっている。

 血は、トリトマ・セシリアの後頭部から流れていた。


「う、うぐううう!!」


 トリトマ・セシリアは頭を抱えながら呻く。

 振り返ったその先にいたのは──肩で息をするシランだった。

 手には、血にまみれた灰皿を握っていた。


「お前は、な、何、を……!!」

「娘に、手だしはさせない!!」

「娘……お前の娘は……猫」


 そう呟いて、トリトマ・セシリアは倒れる。


「──猫?」


 シランのその呟きを聞いたハイドランジアは、寝台に視線を向ける。

 そこにヴィオレットの姿はなく、金の毛並みを持つ猫が横たわっていた。


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