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悪魔で魔王なエルフと魔術医と国王

「はあ~~~~っ!」


 深いため息をついているのは、バーベナである。今から国王に会いにいくというので、緊張しているようだ。

 昼食を持ってきた際に、バーベナに残るよう引き止めたのはハイドランジアだ。

 執務中、ヴィオレットは一人で暇を持て余している上、好きでもない夫と同じ空間に居続けるのはストレスだろうと思い傍に付けさせることにしていた。


「別に、そこまで緊張せずとも、相手はただの国王だ」

「旦那様にとってはそうかもしれませんが、私からしたら天上人ですよお。何か、粗相をするのではないかと心配で心配で」


 一方、ヴィオレットは落ち着いていた。


『バーベナ、旦那様の言う通りですわ。相手も同じ人間ですのよ。恐れることはありません』

「奥様……」


 ヴィオレットは今、猫の姿をしているのに、どうしてか高貴な貴婦人に見える。

 国王との謁見前であったが、ずいぶんと肝が据わっていた。


「では、行くぞ」

『ええ』


 今日は国王の招待を受けているので、直接私室に向かうことにした。


 ◇◇◇


「おお、ハイドランジア。よくぞやってきてくれた!」


 国王は執務中のようだったが、立ち上がって歓迎する。

 手紙にあった通り、少し痩せていた。顔色もぐっと良くなっている。

 侍医の治療と、ハイドランジアの魔力薬ポーションの効果があったのだろう。


 目敏い国王は、バーベナに抱かれているヴィオレットの存在に気づいた。


「ん? その猫はどうしたのだ?」

「彼女は私の使い魔です」


 国王には猫化について話すつもりはない。

 そのため、適当に理由を付けて誤魔化しておく。


「なるほど。名前は?」

「ヴィ──」


 名前を言いかけた途端、バーベナがゴホンゴホン! と咳き込んだ。その意図を、ハイドランジアもすぐに察した。

 今、ここにいるヴィオレットは妻としてではなく、ハイドランジアの使い魔として来ている。はっきり、ヴィオレットと言ってしまえば、猫に妻の名を付ける変態扱いされてしまう。


「彼女は、ヴィーです」

「ふむ、良い名前だな」


 バーベナの機転のおかげで、事なきを得た。目線を送り、感謝の意を伝えた。


 執務室の隣にある休憩室へと案内される。

 侍従が紅茶と菓子を持ってきたあと、人払いがなされた。

 バーベナは退室したものの、ヴィオレットは部屋に残る。

 ハイドランジアの隣に、優雅に座っていた。


「それで陛下、奇妙な勧誘とは、どういったものですか?」

「ああ、それは、魔法の力で病気を治す、というもので」


 ある大臣から、魔術医の紹介をすると話を持ちかけられたらしい。


「魔術医の治療を受けたら、毎日好きな物を食べられ、数日で痩せることもできると言われた」


 さらに、魔術医は世界に十人しかおらず、その中でも一番の名医だという。

 数年先まで診断の予約が埋まっているが、特別に診察を受けられるよう手配してくれるのだとか。

 国王はこんなお得な話はないと思い、その話に飛びついた──フリをしたようだ。


「以前だったら、喜んで診断してもらっていただろう。しかし今は分かる。楽をして、叶う願いなど何もないと」


 生活習慣を改め、運動をし、健康になる上に痩せている過程を実感した国王は、変わりつつあった。


「ハイドランジアよ、今度、その魔術医と会うことになっている。一緒に、いてくれないか?」


 その願いに、ハイドランジアは頷いた。


「もちろんです、国王陛下」


 そう答えると、国王は子どものように無邪気な笑みを浮かべた。


 ◇◇◇


 すぐに、この情報はマグノリア王子と共有する。

 まだ聞いていなかったようで、驚きと困惑、それから大臣に対する呆れた感情が混ざったような複雑な表情を浮かべていた。


 魔術医と聞いて、最初に思い浮かんだのは、トリトマ・セシリアと関係のある魔法使いだ。


「披露宴をしなくとも、向こうからやって来てくれるとは好都合だ」

「しかし、父に近づく目的がなんなのか……」


 正体を現さず、裏で糸を操って暗躍する魔法使い。正直に言えば、気味が悪い。

 調査を重ねていると、裏金を貰い、出入りの商人を変えている大臣はわんさかいる。

 今回も、どうせ金と交換で国王と面会させる機会を作ったのだろう。マグノリア王子はそう推測している。


「まあ、いい。やって来るからには、丁重にもてなしてやろう」


 その時浮かべたハイドランジアの笑みは、魔王か悪魔と喩えるのがふさわしいものであったが、マグノリア王子は指摘せずに明後日の方向を眺めるばかりであった。


 ◇◇◇


 そして──魔術医と面会する当日となった。

 ハイドランジアの傍らには、ヴィオレットの姿がある。

 魔術医の顔を確認し、ノースポール伯爵家に出入りしていた人物と同じか確認したいというので、連れて行くことにしたのだ。

 ヴィオレットは幻術で姿を消し、ハイドランジアの傍にいるよう命じている。

 ちらりと見た横顔は、強張っている上に緊張が滲んでいた。


 国王の寝室で待機すること一時間。ついに、魔術医と名乗る男がやってきた。

 驚いたことに、魔術医は若い男だった。ハイドランジアより少し年上で、三十前後だろう。

 腰まである紺の髪を一つに結び、額にはトパーズの魔除け守りを付けていた。

 服装は神官が着ているような、立ち襟に踝まで丈のある長い白衣姿だ。

 眼鏡の奥にある目は細く、金の瞳からは感情を読み取れない。目鼻立ちは整っていたが、印象に残らない薄い特徴しかなかった。


 背後にいたヴィオレットが、手にしていた紅玉杖ルビー・ロッドでハイドランジアの肩を叩く。

 彼が、ヴィオレットの幼少期にノースポール伯爵家にやってきた魔法使いで間違いないようだ。

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