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お使いエルフと売店

「少し、外の空気を吸ってくる」

「ええ」


 ヴィオレットが気を遣わないよう、そう言って特別桟敷席から出た。

 扉の向こう側にいる男性係員に、売店まで案内するよう命じた。


「必要な品をおっしゃっていただけたら、用意しますが……?」

「いや、いい」

「こちらから売店に行かれる場合は、一度外に出て、正門のほうへ回る必要があります」

「ならば、そこまでは転移魔法を使うぞ」

「はい?」


 係員と共に、ハイドランジアはエトワール座の正面玄関前に移動した。


「こ、これは!?」


 転移魔法を体験した係員は、目を見開いて驚いていた。


「転移魔法を体験できるなんて!」

「いいから、案内しろ」

「し、承知いたしました」


 劇場前の回転道路ロータリーは渋滞しており、入口前は待ち合わせをする貴婦人や、連れ添って歩くカップルなどでごった返している。 

 もしかしたら知り合いがいるかもしれない。声をかけられないよう、シルクハットを目深く被る。


 売店は二階にあるのだが、混雑でなかなか前に進めない。

 転移魔法はどこでも使えるわけではなく、一度行き来した場所でないと使うことができないのだ。


 エトワール座へは、魔法学校時代の課外授業で来たことがある。しかし、売店にある品に興味がなかったので、足を運ぶことをしなかった。

 もしも行っていたら、大理石の階段で足を踏まれることもなかっただろう。

 ヒールの踵で踏まれたのだが、踏んだ相手も大理石の感触と違うので気づくはずだが知らんぷりだ。

 慣れない環境の中、苛立ちを覚えるが我慢するしかない。

 なんとか売店まで到着するも、長蛇の列ができていた。


「こちらが売店になります」

「……」


 カウンターのようなテーブルに、商品が所狭しと並べられている。

 販売を担当する係員の背後には、商品を詰めた木箱が山のように積まれていた。


「あ、あの、よろしかったら、販売員に言って商品をお持ちしますが」

「いや、いい。列に並ぼう」


 懐中時計を開く。転移魔法を使ったのに、売店に来るまで十分も使ってしまった。

 残り二十分で開演となる。急がなければ。


 列の最後尾に並び、自分の番が回って来るのを待つ。


 周囲から、チラチラと視線を感じていた。街暮らしをするエルフは珍しいので、無理もない。

 話しかけるなオーラを最大展開させているので、誰も声をかけてはこないが。

 懐中時計を左手に、右足はつま先をトントン動かして苛立ちを抑える。

 列に並ぶということは、こんなにも時間の無駄でつまらないものだと実感した。


「あれ、ローダンセ閣下に似ている人がいる」


 背後から聞こえた声に、ギクリとする。声に覚えはないが、おそらく魔法師団の団員だろう。


「なんで物販列に?」

「バカだな、お前。天下の魔法師団師団長であり、第一魔法師ストイケイアで、ローダンセ公爵家の当主であるお方が、こんなところにいるわけないだろう」

「でも、耳が尖がっている」

「悪魔でも見たんじゃないのか?」

「う~~ん」


 事実、天下のハイドランジア・フォン・ローダンセは、妻のために物販列に並んでいる。

 今日ばかりは、悪魔に感謝をすべきなのか。声が聞こえたほうへは絶対に振り向かないようにしようと、心に誓った。


 十五分後、ようやくハイドランジアの番がやってきた。苛立ちが限界だったので、つい早口で捲し立てるように注文してしまった。


「二十周年限定グッズである歴代主演女優のポストカードセットと、猫のロッサの数量限定の置物と、劇場限定の新作短編集を三つずつ寄越せ」


 限定というくらいなので珍しい品だろうと思い、観賞用、保存用、布教用にと三つずつ頼んだ。


「商品は、こちらでよろしいでしょうか?」


 用意した商品の中に、可愛らしい猫の置物があった。陶器で作られた、赤毛の猫である。

 可愛らしい猫で、ささくれていた心が癒された。


「猫の置物は六つくれ」


 三つはヴィオレットの、もう三つはハイドランジアの観賞用、保存用、布教用である。


「短編集はこちらですね」


 係員が示した表紙を見て、ギョッとする。それは、十八歳以上の大人しか読むことができないある意味での禁書だったのだ。

 ヴィオレットが恥ずかしがった理由を、察する。


「以上で、銀貨二枚となります」


 支払いを終えたあと、安堵の息をはく。品切れもなく、すべて買うことができた。

 紙袋を受け取った瞬間、売店の係員が叫んだ。


「ポストカードセットと、猫のロッサの置物、短編集は完売です!」


 危ないところだったようだ。一瞬の判断の遅れが、お使い失敗に繋がっていたかもしれないのだ。

 ハイドランジアは、無事に初めてのお使いを達成させる。


 自分用の猫の置物は袋の中から取り除き、いつも杖を収納している魔空間へ入れておいた。

 開演五分前となった。急がなければならない。ハイドランジアは係員に関係者通路まで案内してもらい、そこから転移魔法で特別桟敷席の扉の前まで戻った。


「ご苦労だったな」

「とんでもないことでございます」


 係員と傍にいたドアマンにチップを渡し、特別桟敷席に入る。

 戻った途端、ヴィオレットはハイドランジアを急かした。


「旦那様、あと三分で開演ですわよ」

「ああ、分かっている」


 ヴィオレットは椅子をポンポンと叩き、早く座るように言った。

 そこには座らずに、買ってきた品を置いてやった。


「あら、こちらは?」

「お前が望んでいた品々だ」

「まあ!」


 中身を確認したヴィオレットは、瞠目すると同時に立ち上がる。


「こ、こちらは、まさか、旦那様が?」

「私以外、誰がいる」

「驚きました。その、ありがとうございます。とってもとっても、嬉しいです」


 ヴィオレットが礼を言ったのと同時に、開演を知らせるベルが鳴る。

 照明は落とされ、暗くなった。


「ゆっくり観劇しろ」

「はい……!」


 こうして、ヴィオレットは待望の観劇となる。


 女公爵の婿取り奮闘記とは──両親が亡くなって爵位継承をすることになった公爵家の一人娘が、家を興していくためにどのような夫を選べばいいのか見定めるためメイドの振りをして城に潜入し、夫探しをするという物語である。


 ヴィオレットは主人公の女公爵に共感しているのか、楽しい場面では笑顔で、悲しい場面では涙し、怒る場面では一緒になって憤慨していた。

 舞台よりも、表情がコロコロ変わるヴィオレットを見ているほうが面白いくらいだ。


 こうして、一時間半の舞台はあっという間に幕を閉じる。


「楽しかったか?」


 その言葉に、ヴィオレットは極上の笑顔を向けながら答えた。


「とっても楽しかったです。旦那様、ありがとうございました」


 ヴィオレットが微笑むと、何者かに心臓を掴まれたような感覚に陥る。

 ドキドキと鼓動が早くなり、落ち着かない気分になった。

 しかし、最近よくあることだったので、深く気にしないようにしていた。


 ◇◇◇


 転移魔法で帰ったら一瞬であるが、馬車を待たせていることに加え、ヴィオレットが景色を楽しみたいだろう。そう思い、来た時同様馬車で帰る。


 玄関で降ろされたが、ハイドランジアはヴィオレットについて来るように言って、庭のほうへと足を運んだ。


「旦那様、なんですの?」

「いいから来い」


 しばらく歩いて辿り着いたのは──真っ赤な薔薇の花スカーレットが咲く花園だった。


「まあ!」

「見たいと、言っていたのだろう?」


 魔力を帯びた月明かりを浴びて、スカーレットは満開となっている。

 ダイヤモンドのような夜露を、花びらに浮かべていた。


「なんてかぐわしく、美しい花なのでしょう……!」


 ヴィオレットは頬を染め、薔薇の花に見入っている。

 その横顔は、何よりも美しいとハイドランジアは思った。

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