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覗きエルフとおねだり練習妻

 マグノリア王子に言いくるめられたハイドランジアは、まだ朝だというのに家に帰ることになった。


 ただこの時間、使用人達は忙しくしている。部屋に戻っても、掃除をしているだろう。

 邪魔したくないので、私室ではなく庭の真ん中に転移した。

 それが、間違いだった。


 ローダンセ公爵家の庭は広い。

 季節の色とりどりの草花が育てられ、中央広場には大きな噴水があり、三カ所に東屋がある。薬草園では魔力薬ポーションの材料となる薬草が育てられ、庭の端にはガラス張りの温室があって、温帯地方の植物が育てられていた。

 一番力を入れているのは、薔薇を育て咲かせることだ。

 薔薇は魔法の素材になる上、魔除けの効果もあると云われている。専属の庭師を雇い、品種改良にも熱心だった。


 その中でも自慢は、年がら年中真っ赤な薔薇を咲かせる『スカーレット』という品種である。ハイドランジアが庭師と共に創った、唯一無二の薔薇だ。

 空気中の魔力を糧として、月の光を浴び、美しい花を夜にのみ咲かせる。


 そんなスカーレットの苗の近くに着地したのはよかったが、女性陣の喋り声が聞こえてぎょっとする。


「あれが、スカーレットですの?」

「ええ、奥様。そうですよ」


 ヴィオレットとバーベナの声だった。二人以外の足音もするので、数名の侍女を連れているのだろう。

 思わず、薔薇の苗木の陰に姿を隠してしまった。


「驚きましたわ。一見して普通の薔薇ですのに、太陽の光を浴びても花開きませんのね」

「ええ、そうなんです。不思議ですよねえ」


 なぜ、咄嗟に隠れてしまったのか。ここの主なのだから、出て行けばいいものの。

 なんとなく、出にくい状態になってしまう。

 また突然出て行って、ヴィオレットを驚かせてしまったら気の毒だ。登場の仕方を考える。


 ヴィオレットは蕾のスカーレットに顔を近づけ、匂いをかいでいる。


「ふふ、良い香り」


 瞳をとろりと細め、うっとりとした表情で眺めていた。

 その瞬間、なんだかとても恥ずかしくなる。自分が作った薔薇だからか。

 胸が妙な感じにドキドキと鼓動する。


「満開だったら、もっと濃く香りますの?」

「ええ、みたいですねえ」

「見たことありませんの?」

「夜に咲く花ですしね。それに、旦那様から咲いているスカーレットには近づかないようにと言われているんです」

「あら、どうしてですの?」

「強い魔力を放つので、普通の人には耐えられないだろうと」

「まあ……!」


 魔法の素材になる薔薇だ。普通の花であるはずがない。

 魔法に精通している庭師以外、開花したスカーレットに触れないようにと命じてあった。


「奥様、もしも見たかったら、旦那様におねだりしてみたらいいですよ」

「許してくださるかしら?」

「許しますよお。可愛い奥様のおねだりですもの」

「でも、あのお方、わたくしとイヤイヤ結婚なさったのよ?」

「そんなことありませんって」


 ここで、バーベナがとんでもない提案をする。おねだりの練習をここでしてみてはどうかというのだ。


「普通におねだりするのではダメですよ。首を適度に傾けて、甘~い声でおねだりするのです」

「は、恥ずかしいですわ」

「これくらい分かりやすく媚び媚びにしないと、旦那様は頷きません」

「……」


 ヴィオレットの頬が、だんだん薔薇色に染まっていく。


「奥様、今から見本を見せますからね」


 バーベナは息をすうっと大きく吸い込んで、膝を軽く折る。両手を胸に当て、首を絶妙な角度に傾けながら言った。


「旦那様、ヴィオレット、一生のお願い! 庭のスカーレットが咲いているところを、見たいの!」


 バーベナはいつもより遥かに高い声に、過剰な瞬きも加えて、お願いの見本をやりきった。

 ひゅうと、庭に冷たい風が吹く。一瞬時が止まったかのようになった──が。


「やだ、バーベナ! ふふっ、おかし……!」


 ヴィオレットの笑いのツボに入ったようで、口に手を当ててころころと笑いだす。

 その笑顔は、庭にあるどの花よりも華やかで美しい。

 思わず、見とれてしまった。


「奥様、やってみてください」

「恥ずかしいですわ」

「勇気をだして」

「……」


 バーベナに唆され、ヴィオレットはおねだりの練習をするようだ。

 ゴホン! と咳ばらいし、息を大きく吸い込む。胸の前で手を組み、そして──。


「旦那様、一生のお願いがありますの。庭のスカーレットの花が咲いているところを、見せていただけますか?」


 バーベナとは違い、なんとも控えめで可愛らしいおねだりだった。

 ハイドランジアはカッと顔が燃えるように熱くなり、加えてヴィオレットを直視することができず地面に転がった。


 そんな彼に近づく影があった。


『おい、お主はここで何をしているぞよ』

『シャーー!』

「!?」


 驚いて、ひと息で起き上がる。

 薔薇の苗木の隙間でしゃがみ込んでいたハイドランジアを、ポメラニアンとスノウワイトが発見したのだ。


 スノウワイトは騎士のつもりなのか、ハイドランジアに向かって威嚇していた。


『嫁を覗き見など、褒められた趣味ではない』

「ち、違う!」

『水晶で覗くだけでは飽き足りなくなったか?』

「……」


 ポメラニアンに指摘されたように、ハイドランジアは水晶を通じてヴィオレットを監視していた。

 そんな前科があるので、否定したとしても信憑性が薄い。完全に自業自得であった。


『仕事はどうした?』

「マグノリア殿下に、帰るように言われた」

『解雇されたのか?』

「違う!」


 懐からチケットを取り出し、ポメラニアンに見せた。


「今晩、これを観に行くようにと命じられたのだ」

『ほう? 街の劇場に、呪われた妻を連れて行くと?』

「特別桟敷席だから、異性との接触はないだろう。もしも何かあったとしても、魔法使いである私といたら、不思議な現象が起きても奇異の目を向けられることはない」

『まあ、エルフ自体不思議生物だからな』


 エルフ以上の不思議生物であるポメラニアンに言われたくなかった。だが、今は言い合いをしている場合ではないので、ぐっと言葉を呑み込む。


『まあ、行くのであれば、早く誘ったほうがいいぞよ。女は、身支度に時間がかかるからな』

「そうだな」


 ここで、スノウワイトが『にゃうにゃう』激しく鳴き始めた。


「あら、スノウワイト、何かいるの?」


 ヴィオレットがこちらへ近づいてくる。バーベナもあとに続いていた。


「猫ちゃんじゃないですか? 庭に住み着いているんですよ」


 バーベナの言う猫ちゃんは、ハイドランジアが餌付けしていた野良猫である。

 裏庭で見かけないと思っていたら、庭に住み着いていたとは。


 そんなことを考えている間に、ハイドランジアの隠れる苗にヴィオレットがやって来て覗き込む。


「猫ちゃん、そんなところで何をしていますの?」


 ニコニコと笑顔で覗き込んできたヴィオレットの表情は凍り付く。

 それも無理はない。可愛い猫だと思い込んで覗いたのに、そこにいたのはハイドランジアだったのだから。


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