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エルフ公爵は呪われ令嬢をイヤイヤ娶る  作者: 江本マシメサ


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悶絶エルフと優秀な嫁

 ヴィオレットを職場に連れて行くため、最低限の魔法を教えなければならない。

 ハイドランジアの弟子はマグノリア王子が一人目、ヴィオレットで二人目だ。

 現在、ローダンセ公爵家の初代が作った魔法学校の教壇に立つことはある。だが、個人的に弟子入りさせてくれという直談判はすべて断っていた。

 弟子を取り魔法を教えることは、酷く骨が折れる。マグノリア王子の師匠になってくれという懇願に負け、安請け合いしたあと何度も後悔した。

 魔力の制御を知らない見習い魔法使いは、何度も魔法を暴走させる。

 爆発、水浸し、目が潰れるほどの発光など。

 魔法学校は初代が作った強力な結界があって失敗しても大事には至らない。一方、マグノリア王子は王城にある離宮に通っていたので失敗した魔法を防ぐ結界などなく……。

 好奇心旺盛で幼かったマグノリア王子は、たびたび豪快な失敗をやらかしてくれた。

 もちろん、魔法が発動する前に師匠であるハイドランジアが抑えるのだが、他人の魔法へ干渉することは高い技術が必要だ。

 集中的に教えている期間、ハイドランジアの心休まる時はなかった。

 おそらく、ヴィオレットもそうだろうと思っていたが、推測は外れることになる。


 ヴィオレットは幼少時からこっそり父親の魔法書を読んでいたようで、一からの説明は必要としなかった。

 さらに、魔法を発動させる際に使う古代語も、完璧に会得していた。

 そのため、魔法を教える前の座学は必要なかった。

 魔法学園でも実施している初等科の筆記試験を行ったが、あっさり合格点を取る。


「続いて、体内にある魔力を掴んで発現させ、コップに満たした水を震わせることを行うのだが──魔力を掴むというのは」

「こういうことですの?」


 ヴィオレットはコップを掴み、魔力を使って水面に波紋を作る。


「これも本で読みまして、試したことがありますのよ」

「……そうか」


 祝福の魔法も難なく習得し、魔法学校の生徒が初めて覚える回復魔法もたった一回の練習で覚えた。


 それはまるで、魔法学校時代の自らを見ているような気分になる。

 ここまで、たった三回の授業しかしていない。ヴィオレットは実に優秀な魔法使いだった。


「この様子だったら、明日からでも魔法師団へ行っても問題ないだろう」

「本当ですの?」

「ああ。しばらく様子見を行い、トリトマ・セシリアに招待状を送るのは慣れてからのほうがいいだろう」

「分かりましたわ」


 ふと、突き刺さるような視線を感じてハッとなる。ポメラニアンとスノウワイトだった。

 ヴィオレットがいない間、自分達はどうするのだと視線で訴えているような気がした。


 ポメラニアンはともかくとして、スノウワイトは成獣になったらヴィオレットを守ってくれるだろう。ただ今は、幼獣のため連れ出さないほうがいい。


 幻獣は三ヵ月ほどで成獣になる。スノウワイトも、毎日ミルクと果物を食べて大きくなりつつあった。

 孵化した当初は猫の姿をしたヴィオレットより小さかったが、今は小型犬サイズのポメラニアンより大きい。

 最近、バーベナや侍女に懐きつつあるが、ハイドランジアには警戒心剥き出しで、触らせてくれそうにない。


 どうしてこうなったのかと、頭を抱える日々である。


 ちらりとヴィオレットを見た。

 ここ数日は接触しないよう気を付けているので、猫の姿を取っていない。

 土下座をしたら、そのもふもふの体に触らせてくれるのか。

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら考える。


 猫を思いっきり撫でまわしたい。頬擦りして、永遠に肉球をぷにぷにしたい。


「……」

「旦那様、なんですの?」

「なんでもない」


 頭を下げて願うなど、彼の自尊心が許さなかった。

 事故を装って触れるのも、よくないことだろう。変なところで紳士だった。


「今日の授業はこれで終わりだ」


 ヴィオレットは紅玉杖を胸に抱き、頭を下げる。


「旦那様、ありがとうございました」


 その様子はいじらしく、猫の姿でないのに撫でたいと思ってしまう。

 きっと、仕事で疲れているからだろうとハイドランジアは考えていた。


 ◇◇◇


 翌日、ヴィオレットを職場に連れて行くため、幻術をかける。

 この魔法が発動している間、周囲からヴィオレットは猫の姿に見えてしまうのだ。


「今、魔法が発動された。お前は、人の姿を取っているが、周囲からは猫に見える」

「……これ、わたくしにも有効ですのね」

「当たり前だ。術者は私だからな」


 ヴィオレットは自らの手を見ると、猫の前足に見えるようだ。


「二本足で歩いているのに、四つ足で歩いているように思えるので、不思議な感覚ですわ」

「幻術は人の感覚を惑わす術だ。そうなるのは、当たり前なのだ」

「にゃ~」

「ん?」

「ご、ごめんなさい。なんだか、猫の気分になって」

「お前は、幻術の耐性が弱いようだ。辛かったら、言え」

「ええ、ありがとうございます……にゃ」

「……」

「……」


 にゃあと言うたびに、ヴィオレットは顔を真っ赤にさせる。

 術者であるハイドランジアからしたら、いつもの人の姿をしたヴィオレットにしか見えない。しかしヴィオレットは、幻術の影響で自らが猫であると思い込んでしまっているようだ。


 一応、バーベナを呼んで確認する。


「お呼びですか、旦那様」

「ああ。一つ聞きたいことがある」


 長椅子に座るヴィオレットを指差し、聞いてみた。


「あれを、どう思う?」

「あら~、奥様。せっかく旦那様の職場に行かれるのに、猫ちゃんになってしまったのですか?」

「にゃあ!」


 術は成功だ。他の者にもヴィオレットが猫に見えているようだ。

 時間が経つたびに、ヴィオレットは猫語しか話さなくなっていることは心配であるが。


「では、バーベナ。家のことは頼んだぞ」

「はい。どうぞ、仲良くされてください」


 それはどうだか。そう答える前に、ヴィオレットが小走りでやってくる。あやうく接触しそうになったが、寸前で回避した。

 ヴィオレットは目をキラキラ輝かせ、ハイドランジアを見上げていた。

 その瞳はあまりにも無邪気で、警戒心に欠けている。

 久々の外出なので、よほど嬉しいのか。


「おい、お前、そんな目で他の男を見るなよ?」

「にゃ?」

「……」


 自分を猫だと思っているヴィオレットにはあまり伝わっていなかった。

 どうしてこうなってしまったのか。頭を抱え込む。

 バーベナが不審者を見る目でハイドランジアを見ていたので、咳ばらいをして誤魔化した。


「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 バーベナの見送りを受け、ハイドランジアとヴィオレットは魔法師団にある執務室まで転移した。


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