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ラッキー〇〇〇エルフと混乱状態の嫁

「なっ!?」


 今まで膝の上でモコモコふわふわの美猫を抱いていたのに、いつの間にか金髪碧眼の美女に成り代わっていた。

 どちらも同じヴィオレットであるが、突然の変化に驚いてしまう。

 ヴィオレットも呪いが解けてびっくりしているようだった。海のように青い瞳が、零れそうなほど見開かれている。


 目と目が合った瞬間、ヴィオレットは両手でハイドランジアの目と鼻、口を全力で塞いだ。


「──むぐっ!!」


 目と口は分かる。しかし、鼻まで塞いでしまっては、息ができない。

 このまま死ぬ。呼吸困難で、死んでしまう。


 魔法師団、第一魔法師ハイドランジア・フォン・ローダンセ死亡。享年二十六歳。

 死因は窒息死。猫好きが祟って妻ともみ合いになり、死する。


 ……などという報告書が脳裏を過り、慌ててヴィオレットの肩を掴んで剥がそうとした。

 しかし、想定外の感触に思考が停止する。

 肩を掴んでヴィオレットの体を引きはがすことを想定していたので、力強くそれ・・を握ってしまった。

 むにゅと、柔らかく、触り心地のよい部位を掴んだ。

 目を塞がれた状態で、これはなんなのだと、頭上に疑問符を浮かべた。その刹那、絹を裂くような甲高い叫びを耳にする。


「きゃああああああ~~!! バーベナ、誰か!!」


 その叫びと同時に、バンッ! と、扉が開く音が聞こえた。


「奥様!!」


 入ってきたのはバーベナと、三名の侍女。足音で判断する。

 依然として、ハイドランジアの目と鼻、口はヴィオレットの手に塞がれたまま。

 柔らかなものからは、すぐに手を離した。なんだか、触れてはいけないものに触れてしまったような気がしたのだ。


「お、奥様!?」

「ひ、人の姿に、戻ってしまいましたの。ど、どうして?」

「さ、さあ?」

「むむっ……!!」


 ハイドランジアはすぐさま助けを求める。すると、バーベナは気の毒な状態に気づいてくれた。


「ああ、奥様、目と口はともかくとして、鼻まで塞いでしまったら、旦那様は死んでしまいますよ!」

「あ、う……そ、そうでした。ごめんなさい」


 鼻と口の手が外される。咳き込んだあと、息をしたらヴィオレットの匂いを目一杯吸い込んでしまった。とんでもなく良い匂いだった。

 なんとなく、気まずくなる。


「奥様、シーツをお持ちしました」

「あ、ありがとう」

「こちらへ」


 やっと、ヴィオレットはハイドランジアの膝から退いた。侍女に連れられ、別室に移動しているようだ。

 はあ~~~っと、深い溜息を落とす。

 そんなハイドランジアを、部屋に残っていたらしいバーベナが心配そうに覗き込んだ。


「だ、旦那様、大丈夫ですか?」

「私はいい。ヴィオレットのもとに行け」

「は、はあ」


 どうしてこうなってしまったのか。卓子にあった葡萄果汁をグラスに注ぎ、一気飲みする。

 中身は酒だったようで、ハイドランジアは再度咳き込むことになった。


 ◇◇◇


 これ以上待たせるわけにはいかないので、マグノリア王子のもとへ戻る。

 客間の机の上には、いつの間にか魔法書が山積みになっていた。


「久々に、ローダンセ公爵家の書斎に行きました」


 ハイドランジアの弟子であるマグノリア王子に、いつでも読みに来ていいと書斎の鍵を渡していたのだ。気になる魔法書が数冊あったようで、暇潰しに読んでいたらしい。


「それで、奥方はどうしましたか?」

「どうしてか、突然元の姿に戻った」

「へえ……」


 猫化すると、五時間は解けないとヴィオレットは話していた。

 ハイドランジアが付けていた記録の中でも、彼女の猫化が解けるのは五時間から長くて十時間となっている。

 今日、ヴィオレットが猫化してから一時間くらいしか経っていないはずだ。それなのに、突如として人の姿に戻った。

 さらに、そのあとハイドランジアが触れても、猫化しなかったのだ。


「いったい、どういうことなのか……」

「呪いが解けた、ということでしょうか?」


 だとしたら、喜ばしいことだろう。ヴィオレットは猫の姿になることを悔しがっていた。

 社交界にでることも叶わないどころか、外出の許可さえ出せない。

 気の毒な娘である。

 もしも呪いがなかったら、今頃結婚し、立派な女主人をしていたに違いない。


「猫化の呪いに興味があったのですが……。こう言ってはなんですが、残念です。呪いを目の当たりにしないと、信じられないようなものなので」

「まだ、分からない」


 呪いが解けた直後は、猫化の魔法が発動しない仕組みがあるのかもしれない。

 前例のない呪いなので、分からないことばかりだ。

 と、話し込んでいる最中、客間の扉が叩かれる。

 返事をすると、扉が開かれた。

 明るいクロムイエローのドレスを纏って現れたのは、ヴィオレットである。

 先ほどまで取り乱していた人物とは思えない、堂々とした姿でやってきた。


「ああ、あなたが、ヴィオレットなのですね」

「初めまして殿下。ハイドランジアの妻、ヴィオレットですわ」


 ヴィオレットはスカートの裾を摘まんで膝を曲げ、完璧な淑女の挨拶をする。

 マグノリア王子は手を差し出し、握手を求めた。


 ヴィオレットは笑顔で差し出された手を握り返す。すると──彼女は浮かび上がった魔法陣の光に包まれた。

 そして、その姿は金色の毛並みを持つ猫の姿となる。


「こ、これは!」

『……』


 やっと人の姿に戻れたのに、再び猫になってしまった。

 ヴィオレットは毛をぶわりと膨らませる。


「すまん、ヴィオレット。殿下はお前の呪いが気になっていたようだ」

『あ、そう、ですのね』


 ハイドランジアが説き伏せるように言うと、ヴィオレットの毛並みは元通りになった。

 しょんぼりとしているように見えるヴィオレットを抱き上げ、もう片方の手はドレスを拾い上げる。クロムイエローのドレスは長椅子の背もたれにかけた。

 自身も腰かけ、ヴィオレットは膝の上に置く。


「と、いうわけだ」

「驚きました。これは魔法史に残るようなすごい発見です!」


 マグノリア王子の、魔法マニアとしてのスイッチが入ってしまったようだ。


「変化の魔法というのは、大魔法なんです。通常、何者かに姿を変えられたという呪いの多くは、変化ではなく幻術であることが多いのですが──」


 猫の姿になる呪いは有名であるが、実際に呪いを受けた者は猫になっているわけではない。

 精神干渉し、周囲と呪った本人を猫に見せる幻術系の魔法をかけているだけだ。

 一方で、完全に猫の姿を取る魔法は、体の構成をすべて変えるため高い魔力と豊富な知識が必要となる。変化の魔法は伝説の大賢者と言われた人物が得意としていたが、真似できる者はいなかった。


「というわけで、その呪いはすごいものなんですよ」

『はあ』


 当の呪いを受けたヴィオレットは、生返事をする。

 呪いのせいでとんでもない目に遭っている本人としては、まったくすごいとは思わない。ただただ、困った問題というだけだろう。

 魔法使いとしての見解など、どうでもいいのだ。


「では、先ほど人の姿に戻ったあと、呪いが発動しなかったのは──」

「魔力切れ、でしょうね」


 呪いは使用者の魔力を使って行われる。変化するのも戻るのも、多くの魔力を必要としているので、魔力が足りなかったために魔法が発動しなかった可能性がある。


「しかし、この短時間で再び呪いを発動させる魔力を取り戻せる魔法使いなど、存在するのか」

「いたとしたら、魔法師団でいう第一魔法師と同等の実力の持ち主でしょうね」


 ヴィオレットに呪いをかけた相手として容疑が挙がっているのは、トリトマ・セシリアと協力関係を結んでいる魔法使いである。

 その内情を、ハイドランジアはマグノリア王子にも報告した。


「なるほど、そこと王宮内の事件が繋がっているのですね」

「ああ。なるべく早期解決を目指したい」


 居場所は掴めているが、いかんせん相手は魔法使い。拠点に乗り込むのは、あまりにも危険だ。


 ここで、ヴィオレットが思いがけない提案をする。


『わたくしを餌に、おびき寄せるのはいかがでしょう?』


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