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失態エルフと大きな問題

 国王の倉庫にあった菓子と茶についての調査は、夕刻に報告が上がった。

 やはり、入荷されていた物に、魔法がかかっていたようだ。

 クインスが補足説明をする。


いにしえの時代に禁術となった魔法のようです」


 押収した茶や菓子には、膵臓すいぞうの糖を分解させる機能を弱め、血糖値を上げる魔法がかけられていた。

 国王が菓子を食べ、茶を飲むたびに、高血糖の状態になっていたようだ。

 人の体内の臓器に影響を及ぼす魔法は、かつて存在した魔法で病気を癒す魔術医が編み出したものである。もともと、人の病を治すために作られたものだったが、応用の仕方によっては害をもたらすことができると明らかになった。そのため、禁術扱いとなり、悪しき魔法であると揶揄されたため魔法医も姿を消していった。

 現代には、ほとんどその技術は残っていないはずだが、こうして国王に害をもたらそうとしていたのだ。


「やはり、誰かが意図的に、国王陛下の病気を悪化させようと企んでいたのだな」

「ええ、そうとしか思えません」

「……」


 ハイドランジアは奥歯を噛みしめ、拳を握る。

 魔法師団には、王城に運ばれる物すべてに、呪いや害をもたらす魔法がかかっていないか調べる部署がある。その監査を通過して、国王のもとへ運ばれてしまったのだ。

 魔法がかかった茶や菓子は国王の口に入り牙を剥いていた。

 これは、間違いなく魔法師団の失態である。


「クインス、この件をマグノリア王子に報告する。お前はここで待機しているように」

「御意に」


 ハイドランジアはすぐさま転移魔法でマグノリア王子の執務室まで飛んで行った。


 ◇◇◇


「──なるほど、そういうわけだったのですね」


 マグノリア王子は親指の爪を噛み、悔しそうな表情で報告書を見つめていた。


「これは、魔法師団の大失態だ。いかなる処分も、受ける気でいる」

「いえ、これは相手が悪いです。禁術の中でも、かつて魔術医が使っていた内科魔法については、国内でも魔法書は残っていない。それを想定し対応できる者は、いなかったでしょう」


 不幸中の幸いと言えばいいのか。茶と菓子を扱っていた商会は把握できている。さらに、その商会では魔法使いを囲っていた。

 ハイドランジアは妻であるヴィオレットの実家とその商会との関係も話し、魔法を放ったところ魔力を吸収された状態で戻ってきた件も合わせて報告しておく。


「疑わしいですね」

「一介の商会が、なぜ魔法使いを囲っているのか」

「想像もつきません」


 魔法使いにとって、一番の高給取りは魔法師団に入ることである。もっとも地位が低い第五魔法師でさえ、騎士隊の小隊長クラスの給料が貰えるのだ。

 それに魔法師団へ入団することは、名誉にもなる。小さな村であれば、英雄扱いだ。そのため、個人に雇われる魔法使いはほとんどいない。


「それで、これからどうする?」

「まだ、誰が敵で誰が味方か分かりません。動くならば、少人数のほうがいいでしょう」

「そうだな」


 国の要人を集め、報告したところで証拠隠しをされるだけだ。

 今は黙っているほうがいいと判断する。


「イヤな予感がしたので、昼間案内させた倉庫の管理者の記憶は消しておきました。周囲にいた使用人と見張りの騎士も同様に」

「さすがだな」

師匠様ハイドランジアの教えの一つだったでしょう?」

「自分以外を信用するな、か」

「ええ」


 国王を殺そうとした者がいたように、マグノリア王子の敵は大勢いる。

 周囲を信用し過ぎないようにと、教えたのはハイドランジアだ。


「国王はその忠告を、聞かなかったがな」

「父上は、きっと不安になっていたのですよ」

「不安?」

「自分が国王でいいのかと」

「今更、そんなことを気にしているのか?」

「私がいけないんです。父の仕事を奪う形で、頑張ってしまったので」


 優柔不断で暗愚な国王と違い、マグノリア王子は即断即決で賢明だ。

 執務を手伝うようになった優秀な息子を前に、劣等感に苛まれていたのかもしれない。


「まさか父が、周囲のご機嫌取りをするために、言われるがまま侍医を解雇にしたり、出入りする商人を変えたりしていたなんて……」


 その愚かな決定のすべてが、国王自身を苦しめることになっているのだ。


「まず、問題の商会に密偵を送ります。」

「魔法使いがいる屋敷への潜入は危険だ」

「わかっています。魔法使いの拠点なんて、仕掛けだらけですから」


 調査するのは、そこの屋敷で働く者で、建物内への侵入は考えていないようだ。

 

「情報がある程度集まったら、ハイドランジア、あなたが調査に行っていただけますか?」

「もちろん、そのつもりでいた」


 トリトマ・セルシアとは、一度話をつけなければと思っていたのだ。ノースポール伯爵家が金を払い続けている理由も、聞かなければならない。


「魔法が関わっていたら、自由にはさせない。かならず、罪を暴いてやる」


 頼もしい返事に、マグノリア王子は満足げに頷いていた。


「とりあえず、今日は帰ってください。家で、愛妻が待っているでしょうから」

「愛妻ではないがな」

「またまた」


 マグノリア王子は何か含んでいるような笑みをハイドランジアに向けていた。


「なんだ?」

「最近、ハイドランジアの雰囲気が柔らかくなったと噂になっています」

「はあ? 私は変わってなどいない」

「変わっています。毎日、奥方に癒されているのですよね?」

「癒されてなど──!」


 そう言いかけて、口を閉ざす。

 脳内に浮かんだのは、猫の姿のヴィオレットだ。続いて、杖を胸に抱いた人の姿のヴィオレットも思い浮かぶ。

 彼女を想うと、眉間の皺が解れ、不思議と心が穏やかになった。


「……帰る」

「ええ、どうかゆっくり休んでください」


 マグノリア王子の執務室から、自らの執務室まで転移した。

 クインスに現状を報告し、この件は口外しないようにと命じておく。


「事件については以上だ。もう帰れ」

「はっ!」


 クインスが出て行ったのを確認すると、ハイドランジアも転移魔法で帰宅することにした。


 ◇◇◇


 帰宅後、バーベナを呼んで報告を聞く。


「奥様は結婚式をたいそう、お喜びになられていて」

「そうか」

「まさか、旦那様がここまで気を遣ってくださるとは」

「契約上の結婚とはいえ、一応夫婦となるのだからな。必要な儀式だろう」

「ええ、そうですね」


 ヴィオレットは模様替えと結婚式の準備を同時進行しているようで、忙しくしているという。


「では、魔法を教えるのは、模様替えと結婚式が終わってからでいいな」

「いいえ! もしも旦那様に余裕があるならば、魔法を教える時間も作ってください」

「疲れているんじゃないのか?」

「奥様はお若いですから。それに、忙しく過ごしていても、魔法を習うことは楽しみになさっているようですよ」

「なるほどな。では、食事のあと一時間だけ取るとしよう」

「ありがとうございます!」


 他に何かないかと聞いてバーベナが報告したのは、スノウワイトがポメラニアンの腹を枕に眠っていた様子が可愛かったということだけだった。

 大精霊を枕にするとは、スノウワイトはかなりの剛胆の持ち主だと思った。

 傍から見る分には、なんとも平和な光景である。


「報告は以上です」

「ご苦労だった」


 バーベナは深々と頭を下げ、ヴィオレットに報告に行った。

 ハイドランジアはほっと息をはく。それは、安堵感を覚えてのものだった。

 職場では不穏な事件が起きているが、ローダンセ公爵家は驚くほど平和だ。

 どうかこの先も、こうであってほしいと願う。


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