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気遣いエルフとふくれっ面の国王陛下

 翌朝──アイロンがかかった新聞を持ってきた侍従と共に、スノウワイトがひょっこりと扉から顔を覗かせる。

 ふわふわもこもこの小さな猫は、じっとハイドランジアを見上げていた。

 全身から漂わせるのは、警戒である。扉を盾のようにしながら、様子を窺っているようだった。

 スノウワイトは幻獣だからか、普通の猫とは様子が違うように思える。

 具体的にどう違うのか説明は難しいが、ハイドランジアを探っているような視線を向けていた。

 一歩前に踏み出したら、スノウワイトは逃げてしまった。

 普通の猫や猫となった嫁だけでなく、幻獣の猫にも嫌われているようだ。侍従が見ていない隙に、がっくりと肩を落とす。


 食堂に転移魔法で移動すると、すでにヴィオレットの姿があった。


「おはようございます、旦那様」

「おはよう、我が妻よ」


 椅子に座った途端、ヴィオレットはハイドランジアに物申す。


「あなた、部屋から部屋の移動くらい、歩いたらいかが?」

「私室から食堂まで歩いたら五分もかかる。時間の無駄だ」

「でも、運動もしないと、健康に悪くってよ」

「気遣いは感謝する。しかし、運動は職場でしているものでな」

「どういうことですの?」


 魔法師団では、戦闘訓練もある。その中に、格闘術や剣術を行う時間もたっぷり取っているのだ。


「魔法使いが近接戦闘に弱い、というのは遥か昔の話だ。今は、ほとんどの者が近接戦闘術を身に着けている」

「まあ、そうですのね」


 訓練は各部隊日替わりで半日と、時間を設けてある。ハイドランジアも頻繁に足を運び、部下の戦闘能力を確認しているのだ。


「その、わたくしは、転移魔法が体の負担にならないのか、疑問に思っておりまして」

「ローダンセ公爵家血筋の魔力量を舐めてもらっては困る」


 心配する必要はないと付け加えておいた。


「それよりも、お前は私と過ごしていて平気なのだな」

「ええ、特に魔力の波動など、感じることはございませんが」


 歴代の花嫁は、ローダンセ公爵家の者の魔力にあてられて卒倒したり、寝込んだりしていた。そのため、魔力の影響がでない魔道具を日々身に着けていたのだ。


「そういえば、バーベナから結婚指輪をもらっていただろう?」

「ええ、いただきました」


 ヴィオレットの左手の薬指には何も嵌っていなかった。


「なぜ、指輪を嵌めない?」

「だって、結婚指輪を自分で付けるなんて、おかしいでしょう?」

「どういうことだ?」

「結婚指輪は、結婚式に新郎が嵌めてくださるのよ」


 それはそうであるが、ヴィオレットに指輪を嵌めてやることは不可能だ。

 その前に、結婚式について突っ込んでみる。


「お前は、結婚式がしたかったのか?」

「それは……まあ、人並み程度には」


 結婚式のことなど、欠片も考えていなかった。そういえば、周囲の者達にも「挙式はいつか」と聞かれていたような気がする。結婚に関する話題は、聞き流していたのだ。


「まあ、どうしてもしたいというのならば、してやってもいい」

「ほ、本当ですの?」

「ああ。ただし、参加者はお前の事情を知る者のみだ」

「ええ、もちろんですわ! どうせ、友達もおりませんし……」


 十歳の頃より、外出や面会を禁じられていたと聞く。友達ができなかったのは、当たり前だろう。


「必要ならば、話し相手コンパニオンを呼んでも構わないが」

「いいえ、結構ですわ。お喋りは、侍女といたしますので」

「そうか」

「それよりも、結婚式ができるなんて、夢みたい……!」


 ヴィオレットは胸の前で手を組み、うっとりとしている。どうやら、人並み以上に結婚式をしたかったようだ。

 儀式を執り行うことによって、意識も変わる。

 これから夫婦として暮らすために、必要なものなのかもしれない。

 いい機会だと思った。

 結婚式の日にちや招待客、会場やドレスについては、ヘリオトロープとバーベナに任せることにした。

 食事を終えたハイドランジアは、そのまま出勤する。


 ◇◇◇


 朝からマグノリア王子がやって来る。以前調査していた、国王についての報告が上がったようだ。

 マグノリア王子は不機嫌な様子を隠さず、どっかりと長椅子に腰かけた。


「やられました」

「ほう?」


 マグノリア王子の側近の手から、一枚の報告書を受け取った。

 そこには、ありえないことが書かれてある。


 もとより、甘い物好きだった国王の血糖値は高めだった。しかし、医者と料理人が話し合い、体の害にならないような食事や菓子が用意されていた。

 ある日、その医者と料理人は解雇され、別の者が成り代わっていたのだ。

 その結果、一時的に国王に甘い物を好きなだけ食べさせ、病気になるように導いていたことが発覚する。


「いつの間に、こんなことになっていたとは……!」

「しかし、短期間で病気になるのもおかしい」


 報告書を読み進めている間に、ある文字が目に飛び込んでくる。それは、ノースポール伯爵家と因縁深いトリトマ・セルシアの商会名だった。

 菓子が数点と、茶を購入していたようだ。


「これは──」

「父の好物みたいです。輸入茶と菓子で、入荷先も変わっていたようです」

「まだ、これらの菓子や茶はあるか?」

「まだ、倉庫に大量にあると思います。しかし、それがどうしたのですか?」

「この商会は、魔法使いを雇っているようだ。もしかしたら、何か細工をしているかもしれん」

「なんですって!?」


 即座に国王に関わる備品管理の担当を呼び、倉庫を見に行く。

 そこは舞踏会が行われてもおかしくないほどの品々が、納められていた。

 すべて国王に関する品物だというので、驚くばかりだ。

 一歩中に入ると、高く積まれた箱の魔力反応を探る。すると、紫色の魔力を帯びた箱を発見した。一つどころではない。ざっと見て、三十箱以上あった。

 近くにあった木箱を開封する。中にあったのは、チョコチップクッキーだ。


「これは……!」

「ハイドランジア、どうしたのですか?」


 普通の者に魔力の波動は見えない。しかし、ハイドランジアには視えた。

 それは、よからぬものであることが一目瞭然であった。

 ただ、それが何であるかということは、分からない。解析をする担当に調査を頼むしかなかった。


「ここにある一帯の箱は、すべて魔法師団で調べる。殿下、押収の許可を」

「もちろんです、頼みます」


 ハイドランジアは執務室に置いてきたクインスを召喚した。一息ついていたようで、片手にティーカップ、片手にソーサーという姿で現れた。


「ぶはっ!」


 さらに、予期せぬ召喚だったため、紅茶を噴く。


「お前は、何をしているのだ」

「す、すみません。突然だったもので」


 気の毒な男クインスに同情したのは、マグノリア王子だった。


「ハイドランジア、強制召喚しておいて、それはないでしょう。すみませんね」

「い、いえ、とんでもないことでございます。勤務中に、気を抜いていたもので」


 ハイドランジアは現状を説明し、菓子と茶の解析を命じた。


「できれば早く結果を知りたい」

「御意に」


 ティーカップとティーソーサーを持ったクインスは、キリッとした表情で返事をする。


「頼んだぞ」

「はっ!」


 調査を終えたあとは、国王の容態をマグノリア王子と共に見に行く。

 ここ最近は薬を真面目に飲み、一日一回起き上がって歩き回れるようになっているようだ。どんどん快方に向かっているらしい。


 国王は寝台の上で、ハイドランジアとマグノリア王子を迎えた。


「よくぞ、来てくれたな」


 そう言って、手にしていたチョコチップクッキーを齧ったが──ずんずんと大股でやってきたハイドランジアは国王の頬を左右から潰すように掴んだ。


「む、むふぉ!!」


 国王の口から、チョコチップクッキーが落ちていく。


「な、なな、何をするんだ!」

「国王陛下、そのクッキーは、危険な物かもしれません」

「な、なんだって!?」


 妙な魔法がかけられている可能性がある。そのため、魔法師団で解析中であると説明した。


「で、でも、さっきのやり方、酷くなかったか!?」


 ぷうっと頬を膨らませて憤る国王から、ハイドランジアとマグノリア王子は同時に顔を逸らした。


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