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イライラエルフと可愛らしきもの

 部下の作った転移陣で、港町まで移動する。

 騎士隊の駐屯地前に降り立ったら、出入り口の前で警備していた騎士達が一様に驚いた顔を見せていた。


「魔法師団、師団長、第一魔法師ストイケイア、ハイドランジア・フォン・ローダンセである。警邏けいら隊総隊長より特命を受けて、ここに参上した」


 捲し立てるように一気に言うと、騎士は敬礼したのちに中へと案内する。

 クインスと二人、客間で待たされることになった。


「閣下、今日は何かご用事があったのですか?」

「なぜ、そう思う?」

「先ほどから三回くらい、舌打ちしています」


 無意識だった。言われてみたら確かに、この事態に酷く苛ついている。ハイドランジアは自身の強い感情に、今更ながら気づいた。

 別に、ヴィオレットに魔法を教えたいわけではない。約束を反故にすることが気に食わないだけだった。


 彼女は今、怒っているだろうか。持ってきていた水晶で、現在の様子を確認する。


 水晶が映し出したヴィオレットは一人がけの椅子に腰かけ──頬を染めて、愛おしそうに紅玉杖ルビー・ロッドを抱きしめていた。

 それから彼女の膝の上には、第一子であるスノウワイトが丸くなって眠っている。

 ヴィオレットは、しきりに誰かに話しかけていた。

 声は聞こえない仕様だが、読唇してみると「旦那様は帰っていらした?」と聞いているよう。

 ヴィオレットは魔法を教わるために、ハイドランジアの帰りを心待ちにしているようだった。


 カッと湧き上がった感情を、ついそのまま口にしてしまった。


「すごく可愛い!!」

「はい?」


 怪訝な表情を浮かべるクインスの顔を見て、ハイドランジアは我に返る。

 ぶんぶんと首を横に振って、邪念を追い払う。


「いいや、なんでもない」

「そ、そうですか?」


 そして、ありえない感情を否定した。

 ヴィオレットを可愛いと思ったわけではない。膝の上にいる我が子スノウワイトが可愛かったのだろうと。


 茶と軽食が運ばれたあと、やっと港町に駐在する部隊の隊長がやって来た。

 四十過ぎの、厳つい顔をした筋骨隆々な騎士である。

 挨拶はいいので、本題に移るように促した。


「こちらが問題の違法魔石なのですが──」


 積荷の確認をしているさいに、発見した物らしい。

 五百年前、ローダンセ公爵家の初代当主が開発した異物発見魔法陣の上を通過したところ、反応を見せたので確認したら不完全な魔石が入っていたようである。


「持ち主は逃走したようで、まだ見つかっていません。取引先も、不明で」

「ふむ」


 ハイドランジアは魔力干渉を遮断する手袋を嵌め、鑑定用の眼鏡をかけたあと魔石を手に取る。

 拳大の魔石には、光魔法の呪文が書かれていた。灯り専用の魔石だ。

 ただ、違法魔石の中には不純物が混ざっており、場合によっては破裂する可能性がある危険な物なのだ。


「これは、確かに魔鉱石の中に砂が半分以上混ざっている」

「酷いですね」


 通常、魔石は魔鉱石と呼ばれるものを砕き、魔力で磨いて固め、呪文を刻んで作る。

 違法魔石は魔鉱石を砕いて、砂などの不純物を混ぜて固まらせた物なのだ。

 見た目では分からないのが、やっかいなところだろう。

 違法魔石問題は、年に一度か二度出る。今まで騎士隊が追っていたが、尻尾が掴めていない状態だったらしい。

 このまま国内の魔石市場を荒らされても困る。そのため、今回はハイドランジア直々に調査を頼んだのだ。


「すみません、閣下に直接来ていただくなんて」

「いや、王都で一番魔石に詳しいのは私だから、気にするな」


 他にも、魔石を専門に研究している者はいるが、知識だけで調査ができるわけではない。


「その調査が難航していまして」

「安心しろ。すぐに捕まえてやる」


 ハイドランジアは瞳に魔力を集め、普段は見えないものを視る。

 すると、違法魔石から複数の魔力の糸が浮かび上がった。これは、魔力の残滓線だ。

 その中で、ゆらゆらと揺らめいている一本の糸を指先で掴む。


「違法魔石を運んだ犯人は、こいつだな」


 立ち上がって、犯人の魔力へと繋がる線に向かって走る。

 あとから、クインスと騎士隊の隊長、十五名の隊員が続いた。


 港町の大通りを抜け、路地裏に回り込み、看板の出ていない酒場へと到着する。

 そこは会員制のようで、出入り口にいた屈強な男に「入店はお断りだ」と断られてしまった。

 すると、騎士隊の隊長が一歩前に出て、状況の説明をする。


「騎士隊の調査だ、中へ入れさせてもらう」

「いや、それはできないな」


 ハイドランジアはそんなことを言う男の胸倉を掴んで、ジロリと睨んだ。

 魔力を多く含んだ目に睨まれた男は、膝の力が抜けてその場にくずおれる。


「行くぞ」

「は、はい」


 一階に犯人はいなかった。魔力の線は、カウンター席の後ろに繋がっている。

 マスターは外にいた男と違い、調査の協力を頼んだら応じてくれた。

 カウンターの背後にある棚には仕掛けがあり、奥に部屋があった。

 物置のようで、酒の入った樽や木箱が入っていたが、その片隅に人の気配がする。

 魔石の魔力と繋がる者が、しゃがみ込んで座っていた。髭面で、薄汚れた服を着ている三十前後の男に見える。

 押し入ってきたハイドランジアと騎士隊の者達を見て顔を青くし、悲鳴を上げている。

 逃走を図ろうとしたので、首根っこを掴んで拘束する。


「お前が、この違法魔石を王都に持ち込もうとした者だな?」

「ヒイイイイ、あ、悪魔め!」

「悪魔ではない、森の賢者エルフだ」


 眉間に皺を寄せ、目は血走り、口はへの字に曲がったハイドランジアは、男の言う通り物語に出てくる悪魔のようだった。

 その場にいた全員が同意していたが、口に出すことはしない。


「まあ、いい。尋問は騎士隊の仕事だ」


 ひとまず男の身柄は、騎士隊に任せることにした。

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