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学習したエルフとチーズオムレツ

 ハイドランジアは、シランとトラブルを起こしていた悪徳商人トリトマ・セシリアに探りを入れていた。

 だが、いくら調査をしても、ギリギリ犯罪にならない商売をしていることしか分からない。

 王都にある別邸も、愛人が複数住んでいること以外は普通の家だった。

 本人の評判も、昔の事件を知らない者達からしたら悪いものではなかった。

 港町に何隻か出入りしている商船も調べたが、特に問題はない。

 気にしすぎだったのか。そう思ったが、ハイドランジアの勘がそうではないと訴えていた。

 さらなる相手の動向を探るため、使い魔を使って調べることにする。

 王都より遠く離れた場所にある、トリトマ・セシリアの本邸を調べることに決めた。

 ハイドランジア自身はその辺を飛んでいる小鳥ですら引き抜きスカウトできないため、別の存在ものを遣わせる。

 抽斗の中から取り出したのは、魔力を多く含む木から作った『魔法紙』と呼ばれる物。

 魔法屋でしか買うことができない、特別な紙だ。

 それを複雑に折り、鳥の形を作る。最後に羽を広げ、空気を吹き込んで胴の部分を膨らませたら完成だ。

 これが、ハイドランジアの簡易使い魔となる。

 目的の場所へ飛んでいく仕組みは書翰魔法と似ているが、異なるところは怪しい会話を自動書記で記録してくれる点である。

 さらに、危険な空気を読み取ったら、成果がなくとも戻ってくるのだ。

 そんな鳥翰ちょうかん魔法を夜空に放つ。

 トリトマ・セシリア邸があるのは、王都から遠く離れた島。

 戻ってきたのは、二週間後だった。

 窓を開くと、よろよろと弱りきっているような飛行で戻ってきた。

 三ヵ月飛び回っても問題ないくらいの魔力を吹き込んでいたのに、いったいどうしたのか。

 ハイドランジアは紙で作った鳥を手に取り、折り目を開いていく。

 紙面には、驚くべきことが書かれていた。


 ──トリトマ・セシリア邸、魔法使いの結界あり。魔力吸収の術式が常時展開。


 鳥翰魔法が切れかけていたのは、魔力吸収の術式の影響を受けていたから。

 トリトマ・セシリア邸には、魔法使いがいるようだ。

 一介の商人が魔法使いを招き、何をしているというのか。

 この一件は、魔法師団の師団長としても見逃せないことである。


 新たなる問題に、ハイドランジアは深いため息を落とした。


 ◇◇◇


 翌朝、ヴィオレットはポメラニアンだけを抱いて食堂へとやって来た。

 無事に、猫から人の姿に戻ったようで、ハーフアップにした金色の美しい髪を靡かせながらやってくる。


「おはよう、我が妻」

「おはようございます、旦那様」


 ヴィオレットの旦那様は、渋々呼んでいるように聞こえたので笑ってしまう。


「何かおかしくって?」

「いや、何でもない。それよりも、スノウワイトはどうしたんだ?」

「まだ、寝ていますわ」


 昨晩はヴィオレットとひと時も離れたくないといった感じであったが、一晩経って落ち着いたのか。


「猫から人の姿になったから、くっついて歩かなくなったのか?」

「いいえ。契約を結んだあとから、わりと淡白になりましたの」

「まさか、契約を結ぶためにすり寄るという、あざといことをしていたのか?」

「そこまで気が回るかはわかりませんが」


 人と違い、幻獣の精神は生まれた時からある程度は成熟している。そのため、契約という庇護下にいないと危険な目に遭うと判断したのかもしれない。


 ハイドランジアは思う。あざとくてもいい。積極的に猫科幻獣を庇護したい、と。


「あの子、ポメラニアンのことは、気に入ったようですわ」


 昨晩はポメラニアンで暖を取って眠っていたらしい。


「お前達は夜も一緒なのか」

「ええ、この子、とっても温かくて」


 スノウワイトだけでなく、ヴィオレットもポメラニアンで暖を取っているようだ。

 ポメラニアンの毛皮は、極上かつ温かい。

 ハイドランジアは父より、かつての母もポメラニアンと一緒に寝ていたと聞いていた。

 女性が好みそうな可愛い外見と、人畜無害なゆるい雰囲気がウケているのかもしれない。

 中身は、千年以上も生きた大精霊であるが。


 ポメラニアンを下ろしたヴィオレットが席に着くと、朝食が運ばれてくる。

 籠の中にあるパンは焼きたてで、乾燥果物を練り込んだものや、チョコレートを挟んだもの、バターと砂糖をたっぷり使ったケーキパンなど、さまざまな甘いパンが山のように積まれる。

 ヴィオレットのためなのか、種類豊富なパンが出されるようになった。

 ハイドランジアのお気に入りは、きめ細やかな生地にバターの風味が豊かなケーキパンである。口の中に入れた瞬間、舌の上でしゅわりと溶けるのだ。


 オムレツの中には、とろけるチーズが入っている。ナイフを入れてフォークに突き刺して持ち上げると、糸を引いていた。

 これがまた美味しい。


 ふと視線を感じて前を見ると、ヴィオレットがハイドランジアを見つめていた。


「何だ?」

「いえ、美味しそうに食べると思って」

「初めて食べたのでな」

「チーズ入りのオムレツ、食べたことがありませんでしたの?」

「ローダンセ公爵家の料理品目は、千年変わっていないはず」

「まあ、そうでしたのね」


 チーズ入りのオムレツや、甘いパンはヴィオレットの大好物らしい。

 バーベナが聞いて、料理人に作るよう命じていたとか。


「今まで、料理を気にしたことがなかったが……これは美味い」

「そうでしょう? これは、ノースポール伯爵家に伝わる、秘伝のレシピですのよ」


 あまりにも美味しかったので、ヴィオレットはノースポール伯爵家の料理人に頼み込み、作り方を教わったらしい。

 そのレシピを、ローダンセ公爵家の料理人に伝授したようだ。

 ヴィオレットは胸を張り誇らしげに言うので、ハイドランジアは思わず笑ってしまった。


「あなた、変なところで笑いますのね」

「まあ…………子どもの頃からの癖だ。気にするな」


 ヴィオレットの自慢気な様子が愉快だったと言えば、機嫌を損ねることなど学習済みだ。その後、バーベナにも注意を受けるので、彼女をからかうのには大きな代償が必要となる。

 そのため、ハイドランジアは無難な返しをするということを覚えた。


「あなたの好きな料理は何ですの?」

「いや、特にない。食事を、そこまで気にしたことは今までなかった」

「ただの栄養補給として捉えていたってことですの?」

「まあ、そうだ」

「こんなに腕がいい料理人がいるのに、もったいないですわ」


 ヴィオレットは質問する。ローダンセ公爵家の食卓に、新しい料理を加えてもいいのかと。


「いいも何も、すでに新しい料理は加わっているだろう。今更、聞くまでもない質問だ」


 その言葉に、ヴィオレットは怪訝な表情を浮かべる。背後で控えていたバーベナが、ハイドランジアの言葉を砕いて囁いていた。


「奥様、ご自由にどうぞ、という意味ですよ。いつも、旦那様は回りくどい言い方をするんです」

「そうですのね」


 バーベナの遠慮のない言葉に、ハイドランジアは長い耳をピクリと動かす。


「おい、聞こえているぞ」


 エルフはすこぶる耳がいい。ヒソヒソ話は意味がないものなのだ。


「でしたら、今晩の料理を楽しみにしていらしてね」

「わかった。楽しみに、仕事を頑張ろう」

「まあ、気持ちが籠っていませんわ」


 棒読みだったと指摘される。ヴィオレットの細かい抗議には、ため息を返した。


「そもそもお前は、どうして料理に詳しい?」

「呪いのせいで家から出ることができなかったので、室内でできる物には何でも興味がありましたの」


 楽器の演奏に声楽、一人芝居に刺繍、編み物、読書、園芸、料理と、さまざまな趣味があったようだ。


「一番興味があった魔法は教えてくださらなかったから、お父様にはずいぶん我儘を言ってしまいましたわ」


 シンと静まり返ったタイミングで、ハイドランジアは立ち上がる。侍従が外套を肩にかけ、袖を通した。


「なるべく早く帰って来る。食事が終わったあとに、魔法を教えよう」

「ありがとうございますっ!」


 よほど嬉しかったのか、薔薇の花が綻ぶような満面の笑みを浮かべながらヴィオレットは礼を言う。


「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 ヴィオレットの見送りを受けながら、職場へ転移した。


 さっさと仕事を終わらせて帰ろう──そう思っている日ほど事件が起こる。不思議な因果だと、ハイドランジアは考えていた。


 魔石燃料の密輸が起きたようで、今から港に行って臨検しなければならない。

 ヴィオレットには、仕事で早く帰れなくなったという手紙を書く。

 封筒に入れる前に、ふと思う。鳥の形にして送ったら、約束を破った怒りも軽減されるのではないかと。

 ハイドランジアは素早く鳥を折って、鳥翰魔法をかけた。

 手のひらに置いて窓の外に出すと、小鳥のようにパタパタと飛んでいった。


「閣下、転移魔法陣が用意できました。出発できますか?」


 クインスの問いかけに、「もちろんだ」と言葉を返す。

 ハイドランジアは事件の真相を調べるため、港町まで転移魔法で飛んだ。


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