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帰宅エルフと魔法について

『い、いったい、何の話ですの?』


 じりじりと、ヴィオレットは後退する。思いっきり、ハイドランジアの良い話に警戒していた。ちょうどいいので、書斎に入って扉を閉めた。


『きゃあ! な、なんで、扉を閉めますの?』

「夫婦の内緒話だからだ」

『この、変態!』


 いったい何を想像したのか。笑いだしたかったが奥歯を噛みしめ我慢し、一人がけの椅子に腰かける。


 書斎は壁一面に魔法書が敷き詰められていた。天井までも、重力に逆らって本が並べてある。もちろん、魔法の力で制御されているのだ。

 天井を見上げたヴィオレットは、あの本はどうやって取るのかと質問する。


「あれは、著者名と題名を言えば手元に飛んでくる」

『え?』

「──リンゼイ・アイスコレッタの、薬学基本帳」


 一冊の本が誰の手も借りずに引き抜かれ、ゆっくりと降りてくる。そして、ハイドランジアの手の中に納まった。


『す、すごい魔法ですわ!』


 ヴィオレットはハイドランジアのかける椅子の手すりに跳び乗り、肉球で表紙を押して状態を確認する。


『見た目と触り心地は、普通の本ですのね』

「まあ、そうだ。本と空間に魔法がかかっている」

『絵本の中の世界のようですわ』

「現実だ」


 ヴィオレットの体を引き寄せ、膝に乗せて魔法書を読みたかったが、怒りそうだったので止めておく。


『それで、良い話とはなんですの?』

「これだ」


 本を円卓に置き、長方形の箱を手に取る。ヴィオレットは椅子の手すりから落ちないよう、慎重な動きで木箱を覗き込んできた。


「なんだと思う?」

『結婚指輪……には見えませんわね』

「そういえば、渡すのを忘れていた」


 ローダンセ公爵家の者の魔力の波動に侵されない効果がある結婚指輪のことを、すっかり失念していた。胴衣のポケットに入れたまま、洗濯に出したような気がする。

 よくあることで、おそらく家令のヘリオトロープが回収し、執務室の抽斗に入っているだろう。


『まあ、この長方形の箱は、指輪ではないと思っていましたが……』


 目を細め、むむむと唸りながら考えている。答えを言おうとしたら、ちょっと待つようにと返される。


『分かりました! この箱に、ピッタリな大きさの品がありましたわ』

「なんだ?」

『教育用の鞭ですわ』


 そう口にした瞬間ヴィオレットはハッとなり、椅子の手すりから跳び降りた。


「どうした?」

『わたくしの魔法の覚えが悪かったら、叩く気ですのね!』

「そんなワケあるか。外れだ」

『教育用の鞭、ではありませんの?』

「どうしてそうなる」


 ヴィオレットは恐る恐るという足取りで近づき、再度手すりに跳び乗った。


「開けるぞ」

『え、ええ』


 蓋を開け、中にある紅玉杖を見せる。


『わ、綺麗……』


 ヴィオレットはポツリと呟き、箱の中の紅玉杖に見入っている。


『この杖は、なんですの?』

「お前の杖だ」

『わたくしの、杖?』

「そうだと言っている」

『これが、わたくしの……杖』


 近くで見たいと思ったのか、ヴィオレットは手すりから下り、木箱に手をかけて紅玉杖を覗き込む。それではよく見えなかったからか、ハイドランジアの腕の下を通り、膝の上に乗ってきた。


 その瞬間、くらりと眩暈が起こったような気がした。

 猫が、膝の上にいる。

 夢ではないかと一瞬思ったが、ふわふわもこもことした体温の高い猫は、確かにハイドランジアの膝にいた。

 こんなに幸せな瞬間はない。たとえ猫の中身が、生意気な妻だとしても。

 木箱に手をかけ、紅玉杖を覗き込んでいる。


「気に入ったか?」

『ええ、とっても!』


 と、ここでハイドランジアの膝の上に乗っていることに気づいたようだ。弾丸のように跳び出し、姿勢を低くしていた。


『わ、わたくしは、別にあなたの膝に乗りたかったのではなく、杖を見たかっただけで』

「別に、構わない。夫婦ならば、普通だろう」

『い、いやらしいですわ!』


 膝に乗ることが嫌らしいのならば、それ以上の触れ合いはどういう扱いになるのか。

 問いただしてみたいと思ったが、バーベナに怒られそうだったので止めた。


 いまだ警戒しているヴィオレットに、紅玉杖の説明をする。


「この指揮棒のような杖は、初心者が使う杖だ。一番扱いやすい」


 制御機能も付いており、大きな魔法は発動しないようになっている。


 よく見えるように、床の上に置いてみた。すると即座に、近づいてくる。

 好奇心旺盛な目で、紅玉杖を眺めていた。


「初級の魔法は、祝福がいいだろう」


 祝福というのは、低位の回復魔法だ。腹痛や頭痛などの、ちょっとした不調を癒す力がある。


『光魔法ではありませんのね』

「有名な魔法使いの弟子の物語では光魔法を教えていたが、実際は違う」


 光魔法は祝福よりも簡単な魔法だ。初心者向きの魔法ともいえる。

 しかし、魔法の制御を間違うと、大変なことになる。


「大きな光を作り過ぎて、目を悪くする事件がある年に頻発したのだ。その事件を受けて、初めて魔法を習う者に、光魔法を教えてはいけないという暗黙の了解が生まれた」

『そんなことがありましたのね』


 ヴィオレットは杖に手を伸ばしたが、猫の手では握ることはできても持ち上げることはできない。


『ううう、うううう!』

「無理をするな。人間の姿の時に持て」

『あ、あなたがぶつかってこなければ、杖を持てましたのに』


 ぶつかってきたのはヴィオレットだったが、これ以上機嫌を損ねさせないためにも黙っておく。


「どうする? 今日から習うか?」

『それはダメですわ』

「なぜ?」

『猫の手では、ペンが持てませんもの』


 円卓を見ると、覚書ノートとインク壺、羽根ペンが用意してあった。

 習ったことを、書きとめるように用意していたのだろう。


「別に、私が書きながら教えてもいいが」


 それならば、猫の姿のヴィオレットに魔法を教えられる。すぐ傍に猫がいるなんて、楽しそうだ。


『いいえ、わたくしの手で、書きたいと思っています』

「そうか。だったら、また次の機会にでも」


 そういうと、ヴィオレットはしょんぼりと肩を落とす。今日、杖を握って魔法を習いたかったのだろう。気の毒だが、誰にも解けない呪いなのでしようがない。

 ヴィオレットの元気がないと、ハイドランジアの調子まで崩れる。

 しかし、元気づけるような言葉は一つも浮かんでこない。と、ここで魔法屋からもらった卵の存在を思いだした。


「これを、お前にやろう」

『まあ、綺麗。こんな大きな真珠は、初めて見ましたわ』

「真珠ではなく、幻獣の卵だ」


 想定外の物だったようで、ヴィオレットは毛を逆立たせる。


『幻獣……ですって?』

「ああ、そうだ」


 幻獣というのは、妖精でもない、精霊でもない、高い知能を持った生物を呼ぶ。

 階級があり、第一級の幻獣は竜族ドラゴン。幻の存在で、現代で姿を見たものはいないとされている。第二級は黒銀狼フェンリル一角馬モノケロス鷹獅子グリフォンなど。これらは稀に、目撃情報がある。第三級に山猫イルベス雪狐スノソラ虎猫ティグラキなどが存在する。

 第三級幻獣は、使い魔として契約している魔法使いも多い。

 幻獣は忠誠心が高く、賢い。自尊心が高い妖精や精霊よりも使いやすいのだ。


『この卵の中に、幻獣の赤ちゃんがいますのね』

「ああ。しかし、十年ほど孵っていないらしい。孵化しない可能性もある」

『でしたら、この子が生まれるまで、責任を持ってわたくしが育てます』


 そう言ってヴィオレットは、ふかふかの毛で覆うように卵の上に座って温めだした。


 ……パキン!


 何かが割れる音がする。ヴィオレットの耳も、ピクンと動いた。


 ……パキパキ、パキン!


「おい、その卵!」

『わ、割れていますわ!』


 十年間、孵化することのなかった卵が、ヴィオレットが温めだした途端に割れ始めた。


『え、幻獣の卵って、温めたらこんなに簡単に生まれますの?』

「知らん。幻獣は専門外だ」


 そんなことを話している間に、卵はどんどん割れていった。

 いったい、どんな幻獣が生まれてくるのか。

 ハイドランジアは念のため、結界を張る。十年も卵の中に引きこもっていた幻獣だ。警戒が必要だった。


 そして、とうとう卵が二つに割れる。中から出てきたのは──。


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