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キレエルフと我儘ボディな国王陛下

 魔法師団の執務室に着地したハイドランジアは、そのまま膝からくずおれる。


「羽根のように軽く、かつ、極上のふわふわ……!」


 初めて抱き上げた猫の毛並みは柔らかく、体温は高くて、それから良い匂いがした。

 最高だ。やはり、猫という生き物は最高なのだ。胸に手を当て、猫を抱いた幸せを噛みしめる。

 猫を抱き上げた時の感動を詩として書き綴り一冊の本にまとめたかったが、今日は国王から呼び出しを受けていたのだ。床に落ちている婚姻届けを拾い上げ、執務机の上に置く。

 肉球スタンプを押しただけでは婚姻届けとして受理されないので、細工を施した。


 しばらくすると、副官のクインスがやってきた。


「おはようございます、ローダンセ閣下」

「ああ、おはよう」

「今日は、ごきげんですね──あ!」


 クインスの視線は、婚姻届けで止まる。


「ついに、国王陛下に婚姻届けを提出されるのですね」

「そうだ」

「おめでとうございます」


 やっと、周囲からの「結婚しろ」攻撃から逃れることができる。

 それを思えば、心も軽くなった。


「銀盆を用意しろ。今から、陛下のもとへ持って行く」

「はい!」


 銀盆に婚姻届けを載せ、クインスに運ばせる。そして、国王のいる宮殿まで転移魔法で移動した。


「──うっ!!」


 国王の宮殿にたどり着いた瞬間、クインスはしゃがみ込んだ。顔色は悪くなり、唇は真っ青に染まる。


「お前は、まだ慣れないのか」

「す、すみません」


 転移魔法は、魔力の多い者でも酔うことがある。クインスもその一人だ。原因は解明されておらず、おそらくは魔力の適性の問題だろうとハイドランジアは思っていた。


 クインスに手を翳し、軽い祝福を施す。


 ──祝福よベネデッタ、不調の因果を癒しませ


 すると、クインスの顔色が良くなった。唇も健康的な色に戻る。


「あ、ありがとうございます。気持ち悪さがなくなりました」

「行くぞ」

「はい」


 敬礼する近衛騎士の間を通り、赤絨毯が敷かれた廊下を進んでいく。

 鍵がかけられた厳重な扉を三回くぐった先に、国王の私室がある。


 現在、国王は療養のため、政務は寝室で執っているのだ。表に出る仕事は、すべて王太子であるマグノリア王子が代理を務めている。


 近衛騎士達の手によって開錠され、重厚な扉が開かれた。

 居間を通り抜け、寝室へと案内される。


「おお、ハイドランジアではないか!」


 四柱で支えられた天蓋付きの寝台に、国王が横たわっていた。

 一ヵ月前に見舞に来た時よりもふっくらしているように見えてしまい、ハイドランジアは首を傾げる。

 現在、国王は侍医の指導で食事制限をしている。特に、甘いものは断っているはずなのに、なぜこのような状態になったのか。

 恰幅があって威厳があると表せば聞こえはいいが、はっきり言えば太っている。


「陛下、私が作った魔力薬ポーションは飲まれていますか?」


 ずんずんと接近しつつ、開口一番に問いかけた。

 魔力薬とは、魔力を使って作る薬を呼ぶ。

 ハイドランジアは血糖値を下げる効果がある魔力薬を作り、週に一回飲むように渡していた。国王は高血糖と糖尿が原因で、伏せっているのだ。

 治療を続けていたものの、症状は一向に改善しなかった。そのため、効果の高い魔力薬を与えたいと侍医に調薬を頼まれていたのだ。


「それで、薬は飲みましたか?」

「うっ……!」

「飲んでいませんね?」

「ううう……!」


 どうやら、ハイドランジア特製の薬は飲んでいないようだ。なぜと追及すると、苦くてまずいと言われる。

 その言葉に、ため息を返すしかできなかった。


「少々顔が浮腫んでおります。それから、目が、痒くありませんか?」

「……」

「どうしたのです?」

「き、貴殿は、亡き父に、そっくりだ」

「よく言われます」


 ハイドランジアの父は自信家で尊大、他人の心が分からない傍若無人な人物だったと聞く。

 その父に似ていると言われても、まったく嬉しくない。が、そういう血筋だからと、諦める他なかった。


「甘い物は食べていませんよね?」

「それは、医者の言う通り断っている」


 近くにいた侍従に、国王の食事の記録を見せるように言った。差し出された革張り記録帳を奪うように手に取り、ここ一ヵ月の食生活を見る。


「──なっ!?」


 ありえない文字の羅列に、言葉を失った。


「朝、果汁飲料、昼、乾燥果物、夜、三種の果物盛り合わせ……だと?」

「大好物のクッキーやアイスクリーム、ケーキは三日前から控えておる。医者が、果物ならば大丈夫だと」

「たしかに、それは間違いありませんが」


 果物の甘い成分は糖が多い病気にはよくないと言われているが、実際は大した影響はない。しかし、それは常識の範囲で、適量を食べた場合のみ適用されることである。

 国王がしていたように、三食食べてしまったら糖の取りすぎとなるだろう。

 特に、乾燥果物は危険だ、乾燥させることによって、甘み成分が増しているのだ。


「侍医は、なんと?」

「新しい医者は、このまま経過を見ると」

「新しい、医者?」

「その、大臣が薦める名医がいるというので、その者に変えたのだが」

「……」


 長きにわたり王家を支えてきた侍医から、新しい医者に変えたと。ハイドランジアは額を押さえ、深いため息を落とした。


 急な侍医の解雇に、妙な食生活を勧める医者、その医者を推す大臣。


 何か、国王の周りでよくない力が暗躍しているように思える。

 勘であるが、こういう勘はよく当たるのだ。

 自分の家のことだけでも大変なのに、王家の問題にまで気づいてしまった。

 頭がズキズキと痛む。

 この件は一度、マグノリア王子に相談することにした。


「とりあえず、果物の一切を控えてください」

「そ、そんな!」

「失明したいのですか?」

「!?」

「このままでは、確実にそのようになるかと」

「ど、どうすれば」

「まずは、もとの侍医の診断を受け、生活習慣を正してください。それから、私が渡した魔力薬も飲むように」

「う……」


 ジロリと睨むと、国王は小さな声で「わかった」と返事をした。


「それで、陛下の御用はなんだったのですか?」

「そ、そうだ。これを、ハイドランジアに渡そうと思って」


 国王の枕の下から出てきたのは、見合いの釣書だった。


「これは大臣の姪で、これが騎士隊幹部の娘、それから──」


 五冊ほどあったそれをハイドランジアは受け取り、そのままクインスに手渡す。

 最近、国王に変なことを吹聴している者達の関係者である可能性があるからだ。


「それで、貴殿の結婚相手に、どうかと」

「その話ですが、もう、心に決めた相手がおりまして」


 クインスの持つ銀盆から婚姻届けを取り、国王に見せた。


「これは──!」

「彼女以外、結婚する気はありません」

「い、いや、しかし、ノースポール伯爵家といえば、没落寸前という噂も耳にしていたが」

「私が彼女の実家を、支えるつもりです」


 侍従に寝台用の机、ペンとインクを用意するように目配せする。

 仕事ができる侍従は、すぐに準備した。


「ハイドランジア、なぜ、お主の結婚相手は、印鑑のところに猫の肉球を押しているのだ?」

「愛猫の肉球が、印鑑代わりのようです」


 可愛いだろう? という言葉は、出さずに呑み込んでおく。

 ちなみに、ヴィオレットの名前はハイドランジアが書いたものである。

 無理矢理押した肉球印と本人以外の署名で構成された、偽造に近い婚姻届けだった。


「陛下、どうか、お願いいたします。この結婚を機に、よりいっそう、王家に、国に仕える所存です」


 頭も下げておく。ここまでしたら、ダメだとは言わないだろう。


「ふむ……まあ、お主がどうしても、と言うのであれば」

「ありがとうございます」


 すぐさま、承認の署名をさせた。国璽もしっかり押しておく。これで、ヴィオレットとハイドランジアの婚姻は正式なものとなった。


 ◇◇◇


 来た時同様、転移魔法で執務室まで戻る。


「うええええ~~!」


 クインスは帰りも転移魔法酔いをしていた。しゃがみ込んで吐き気と戦う彼の後ろ姿を視界の端に入れながら、書類の裁決を下し始める。


 ハイドランジアの結婚話は、夕方までに広がっていた。取材させてくれという王室広報からの申し出をきっぱりと断り、家路に就く。


 私室の一人がけの椅子に座り、息をはいた。

 今になって、マグノリア王子に面会の約束をしていなかったことを思いだす。

 隣にある書斎へ移動し、ペンを手に取った。緊急に確認したいことなので、書翰魔法を使う。外に向かって手紙を投げ、夜空に向かって飛ばした。


 今度こそ、一日の仕事が終わった。

 ふと、ヴィオレットは何をしているのかと、水晶に姿を映す。

 私室で、優雅に茶を飲んでいた。

 案外、ローダンセ公爵家での生活に適応しているようだ。

 おすまし顔で紅茶を飲んでいるヴィオレットの姿を見ていたら、自然と笑みがこぼれた。


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