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変態疑惑エルフと汚名返上?

 ハイドランジアがヴィオレットに与えた赤いリボンは、呪文を織り込んだ魔道具である。

 ローダンセ公爵家の敷地内から脱出できない行動制限に加え、リボンの生地が汚れない清浄魔法、誰かから危害を与えられそうになった時の防御魔法、それから行動を監視できる追跡魔法なども込められている。

 世界に二つとない、ハイドランジアが妻となる女性のために作った品だ。

 婚約が決まってから、せっせと作っていたのだ。

 リリフィルティア国最強の魔法使いハイドランジア・フォン・ローダンセ渾身の傑作である。


 ヴィオレットは先ほどからリボンを引っ掻いて取ろうとしたが、どう頑張っても外れない。


「諦めろ。そのリボンは絶対にほどけないようになっている」

『な、なんですって~~!!』


 尻尾をピンと立てながら怒るヴィオレットを見て、ハイドランジアはくつくつと笑った。

 困惑する様子も、怒る様子も、猫の姿だと何もかもが可愛い。

 魔道具のリボンを作るのは大変な苦労だったが、今この瞬間に帳消しとなった。


『わたくしに、こんなリボンを結んで……絶対に、許しません!』


 ヴィオレットはわなわなと震えながら、ありったけの睨みを利かせていた。

 これ以上機嫌を損ねないためにも、他に二十以上の魔法がかかっているとは言わないほうがいいだろう。


『とりあえず、これ以上、あなたと同じ空間で過ごすことは苦痛ですわ』

「だったら、好きな場所へ行くとよい」


 ただし、ローダンセ公爵家の敷地内に限るが。

 ハイドランジアがパチンと指を鳴らすと、自動で扉が開いた。


『わっ! こ、これ、もしかして、魔法ですの?』

「ああ、そうだが」


 振り返ったヴィオレットの瞳は、宝石のように燦然さんぜんと煌めいていた。


『すごっ……くなんてありませんわ、ぜんぜん!』


 魔法を目の当たりにして興奮していたようだが、途中で我に返ったようだ。


『そ、それでは、ごきげんよう!』

「ああ、ゆっくり休め。婚約者殿」


 その言葉に、ヴィオレットはべーっと舌を出して返す。あまりにも子どもっぽい返しに、ハイドランジアは声をあげて笑ってしまった。


 ヴィオレットは『ぐぬぬ』と悔しそうな声を漏らしながらも、部屋から出て行く。

 嵐が去ったあと、ハイドランジアは魔法の鐘を鳴らし、侍女バーベナを呼んだ。


 ◇◇◇


 女主人のいないローダンセ公爵家に、侍女は一人しかいない。

 バーベナ・ラナンキュラス。かつて、ハイドランジアの乳母を勤めた女性である。

 年齢は四十七歳で、ふっくらとした姿は包容力の塊であるというのは本人の主張だ。

 彼女はメイドの礼儀指導や、家令補佐などを行っている。

 現在は、花嫁を迎えるための準備を中心的に命じていた。


「旦那様、珍しいですね。こんな時間に呼び出すなんて」

「ああ。話があって」

「廊下を走っていた、猫ちゃんのことですか?」

「まあ、そんなところだ」


 ヴィオレットは屋敷の中を元気よく駆け回っているらしい。その、懸命な姿はのちほど確認したい。


「信じられない話だが、あの猫は私の妻となる女性だ」


 バーベナの表情が、驚愕に染まる。


「だ、旦那様……猫好きが祟って、ついにそんなことになられたのですか? た、たしかに、見たこともないくらいお綺麗な猫ちゃんでしたが……」

「違う!」


 猫好きではあるが、猫と結婚したいと思ったことは一度だってない。大事なことなので、強く言い含めておく。


「彼女の名は、ヴィオレット・フォン・ノースポール」

「あ、あれが、ノースポール伯爵家の、お嬢さん、なんですか!?」

「そうだ。呪いの力で、異性が触れると、猫の姿になる」

「まあ、なんて気の毒なお嬢さんでしょう!」


 バーベナはあっさりと、呪いの話を信じてくれた。猫と結婚したい変態男扱いは、一瞬だけだった。


「それで、ヴィオレット嬢の世話役を、頼みたい」

「それは、とても光栄です」

「任せたぞ」


 一応、他言無用であることを、強く言っておく。

 それから、弾丸のように活きのよい娘なので、一人で世話をするのは骨が折れることだろう。信頼している女中を数名、侍女に昇格させて仕えさせるように命じた。


「それから、呪いのことがあるから、男を近づけさせないように」

「承知いたしました」

「あと、今すぐヴィオレット嬢を捕まえてくれ。きっと、呪いが解けたら大変なことになる」

「大変なこと、とは?」


 それは──呪いが解けると裸の状態になるということ。

 バーベナは一瞬で顔面蒼白となった。


「は、早くお部屋にお連れしませんと」


 飛び出していこうとするバーベナを止める。机の抽斗ひきだしから水晶を取り出し、ヴィオレットの現在位置を調べた。


「彼女は今──厨房辺りを走っているようだ」

「そ、そんな! 男の職場ではないですか!」

「水晶を貸すから、探してこい」


 バーベナはヴィオレットを保護するため、瞬時に部屋を飛び出していった。


 三十分後、肩で息をするバーベナが戻ってくる。


「す、水晶、ありがとうございました。ヴィオレットお嬢様は、用意していた部屋にお連れしました」

「ご苦労だった。大人しく、捕まったんだな」

「ええ……」


 バーベナは床に這いつくばって一生懸命説得し、部屋に連れて行ったようだ。


「本当に、猫になる呪いがかかったお嬢様なのですね」

「内心、疑っていたのだな」

「半信半疑ですよ、こんなこと」


 まだ、ヴィオレットの呪いは解かれていないようだ。水晶を受け取ると、ヴィオレットは天鵞絨ビロードが敷かれた籠の中で、丸くなって寝ていた。


「大きな寝台よりも、籠の中のほうが安心するとのことで、用意いたしました」

「か、可愛い……!」

「はい? 何か、おっしゃいましたか?」

「いいや、なんでもない。今日はもうよい。下がれ」

「はっ!」


 ハイドランジアはしばらく、ヴィオレットが眠る様子を水晶越しに眺めていた。


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