表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/122

悪役エルフとにゃんごとない喧嘩

 ヴィオレットはハイドランジアのもとに駆け寄り、手を振り上げて叩いた。

 頬に触れた瞬間、猫の姿となる。同時に、鋭い痛みが走った。爪で引っ掻かれてしまったのだ。

 集中力が途切れ、ノースポール伯爵にかけた自白魔法が解ける。


『お兄様!!』


 ノースポール伯爵は青白い表情のまま、近づく妹ヴィオレットを強く睨んだ。


「お、お前は、は、話を盗み聞きしていた上に、公爵様に危害を、加えるなんて!」

『だって、お兄様が辛そうになさっていたから!』

「こ、こんな苦しみなど、一瞬だけだ」

『でも……!』

「いいから下がるんだ。お前に聞かせる話では、ない」


 ヴィオレットにはトリトマ・セルシアとの関係は、話していなかったようだ。

 だから、彼女は扉の向こうから盗み聞きしていたのだろう。


「お前は、取り返しのつかないことを、してくれた! この結婚を逃したら、二度と、嫁になど行けないというのに」

『別に、構いませんわ! お兄様を苦しめるお方になんか、嫁ぎません!』


 よほど怒っているのか、ヴィオレットはハイドランジアを振り返り、鋭く見つめながら言ってきた。

 猫の姿で睨んでも、迫力に欠けることには気づいていないようだが。


『結婚なんてしなくても、優しいお兄様がいて、お義姉様がいて……わたくしは、十分幸せですわ。別に、このままでも──』


 そんな主張をするヴィオレットの言葉を制すように、ハイドランジアは口を挟む。


「綺麗ごとを言うのは構わないが、金はどんどん奪われているのだろう?」

『そ、そうですの? お兄様?』

「……」


 やはり、事情を話すつもりはないようだ。

 父親シランの名誉を守るために、ここまでするのは愚かなことだろう。

 シランはもう死んだ。悪徳商人の脅しなど屈する必要などないのに、なぜ頑なに金を払い続けているのか。


「公爵様……わ、私には、死んでも守らなければならないものがあります」

「それは、誰かの名誉か?」

「いいえ!」


 シランのために、言われるがまま金を払い続けているのではないようだ。

 他に、理由があると。


『お兄様、それはいったい──』

「言えない。これだけは、言えないんだよ……」


 これ以上、話を聞きだそうとしても無駄だろう。

 ノースポール伯爵は自白魔法にも屈せず、妹の問いかけにも答えなかった。

 相当、頑固な人物のようだ。

 ハイドランジアは無言で立ち上がり、踵を返す。


「公爵……あの、妹の持参金はありませんが……け、結婚を、してくれますよね?」

『お兄様、この期に及んで何をおっしゃっていますの!? わたくし、このお方とは、結婚いたしません!!』

「こうは言っていますが、本心じゃないんです。あなたに魔法を習うことを、毎日、楽しみにしていまして」

『ぜんぜん、ぜんぜん楽しみではありませんわ!!』


 ヴィオレットは、兄の言葉に反論する。


『お兄様を苦しめるお方なんて、最低最悪ですわ! 大嫌い!』


 振り返ると、ヴィオレットは全身の毛を逆立たせて怒っていた。しかし、ハイドランジアの頬の爪傷に気づくと、その勢いはしぼんでいく。


 大人しくなった隙に、ハイドランジアはヴィオレットへ接近した。

 そして、首根っこを掴んで持ち上げる。

 目線を同じにした瞬間、ハイドランジアはニヤリと微笑んだ。その瞬間、ヴィオレットの美しい毛並みがぶわりと膨らむ。


『なっ──! は、放しなさい! わたくしに触れるなんて、絶対に赦さないんだから!』


 威勢よく叫ぶものの、声は上擦り、体は緊張からピンと伸びていた。


「ごちゃごちゃとうるさい娘だ」

『あなたが変なことをするので、いろいろ言うのです!』

「結婚は、予定通り行う」

「は? じ、持参金もありませんのに?」

「別に、ノースポール伯爵家の小鳥の涙のようなささやかな持参金など、まったくあてにしていない」

『な、なんですって!?』


 またしても、ヴィオレットは爪で引っ掻こうと手を動かすが、ハイドランジアには届かなかった。


『ちょっと、いつまでわたくしを、子猫みたいに持っていますの?』

「子猫だから、仕方がないだろう?」

『わたくしが、子猫ですって?』

「キイキイ喚くだけの、子猫に違いないだろう?」

『~~~~!!』


 ジタバタと手足を動かして抵抗しようとしていたが、猫の姿では無意味だった。

 引っ掻かれた頬はズキズキと痛んでいたが、可愛らしい抵抗に頬が緩む。


『何ですの? ニヤニヤと笑って』

「……」


 可愛いからに決まっているだろう。そんなことは死んでも口にしない。


『とにかく! わたくしは、あなたのことが大大大大っ嫌いなんだか──』

「今日はこのまま、ヴィオレット嬢を連れて帰る。婚姻の書類は今晩のうちに書いて、明日提出しよう」

『はあぁぁ!?』


 さすれば、ハイドランジアとヴィオレットは正式な夫婦となる。


『な、なぜ、そんなに急に──』

「お飾りの妻が、一刻も早く必要だからだ」

『お飾りの、妻、ですって?』

「そうだ。気づいていなかったのか? その猫の姿で、公爵家の女主人が務まるとでも?」

『!?』


 ショックからか、ヴィオレットは手足をぶらんとさせて大人しくなる。

 少々、言い過ぎてしまったか。

 しかし、嫌な予感がしたのだ。早く、ヴィオレットをここから連れ出したほうがいいと、説明できないなんらかの感覚が危ないと警鐘を鳴らしていた。


「そんなわけで、妹は貰うぞ」

「は、はい! どうぞよろしくお願いいたします!」

『お兄様!』


 ヴィオレットがそう叫んだのと同時に、ハイドランジアは転移魔法を発動させる。

 景色が一回転し、ローダンセ公爵家の私室に戻ってきた。

 床に着地したヴィオレットは、ハイドランジアに向かって威嚇いかくする。


『こんなの、誘拐と同じですわ!! 実家に、帰らせていただきます!!』


 そう言って勢いよく飛び出していったが、扉を開くことができずにうろうろしていた。

 その隙に、ハイドランジアは魔法でヴィオレットにリボンを巻く。


『な、これは、なんですの?』

「逃走防止の魔法をかけたリボンだ。これでお前は、ここから出ることができない」


 ヴィオレットは牙を剥きだしにして叫んだ。


『この、変態っ!!』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ