浮かれエルフは結婚式当日を迎える
ようやく、ハイドランジアはヴィオレットとの結婚式の当日を迎えた。
ハイドランジアは今まで一度も袖を通したことのない、魔法師団の純白の正装を身に付ける。
長い髪は三つ編みにして、前髪は整髪剤でなで上げた。
耳には、動く度にシャラリと音が鳴る、美しい金細工の飾りが揺れている。これは初代ローダンセ公爵家の当主シオンが、親しかった王子から贈られた家宝だ。結婚式のみ、着用が許されている。
身支度が調ったハイドランジアは、珍しく緊張していた。
初めての結婚式を迎えるにあたってソワソワしているのではなく、今からヴィオレットの婚礼衣装姿を見ることができるので落ち着かない様子を見せているのだ。
そんなハイドランジアに、ポメラニアンが突っ込みを入れる。
『鎮まれ、人の子よ』
「いきなり精霊らしい発言をするな」
『精霊だからな、これでも』
「お前は、中年男性の魂を持つ、毛むくじゃらだ」
『なんだと、この浮かれエルフめ!』
「誰が浮かれエルフだ!」
ポメラニアンと言い合いをしている最中、バーベナがやってくる。
「旦那様、ヴィオレット様のご準備が整いました」
「今行く」
「あ、直接お部屋に転移しないでくださいね」
「わかっている」
ハイドランジアはヴィオレットの待つ部屋へと急いだ。
ドクン、ドクンと胸が高鳴る。
ついに、ヴィオレットの婚礼衣装をまとった姿を目に焼き付けることができるのだ。
息を整えてから、扉を叩いた。
「どなた?」
「私だ。中に入ってもいいか?」
「ハイドランジア様、もちろんですわ」
震える手で、ドアノブに手を伸ばしたが――想定外の展開となる。
ヴィオレットが中から扉を開いたのだ。
扉が、ハイドランジアの額に激突した。
「ぐっ!」
「ま、まあ! ごめんなさい。扉のすぐ外にいるとは思わずに」
ヴィオレットは勢いよく扉を開いたようで、ハイドランジアは額を押さえて痛みに耐える。
「ハイドランジア様、申し訳ありません。回復魔法を、かけましょうか?」
「平気だ。なんのこれしき!」
ヴィオレットが気にするといけないので、痛いと言えなかった。当然、回復魔法をかけるなんて、もってのほか。
やっとのことで痛みが落ち着き、ヴィオレットを見ることができた。
純白の婚礼衣装姿のヴィオレットは、この世の美しさを集めた美の化身であった。
これほど美しい花嫁を迎えられる自分を、ハイドランジアは世界一幸せな男だと思う。
素直な気持ちを、そのままヴィオレットに伝えた。
「ヴィー、とても、きれいだ」
「ありがとうございます。ハイドランジア様も、すてきですわ」
見つめ合い、二人揃って照れてしまう。
ここで、脳内にポメラニアンの声が聞こえてきた。
(おい、イチャイチャしているところ悪いが、もうすぐ、挙式の時間だ。使用人どもが、ソワソワしているぞ。気付け、浮かれエルフよ)
「ポメラニアン、お前、また、私の脳内に語りかけてからに!」
「ハイドランジア様?」
「いきなり叫んでしまいすまない。ポメラニアンが、ふざけて脳内に直接語りかけてくるのだ」
「まあ、そうでしたのね。何を語りかけてきましたの?」
「挙式の時間が迫っていると」
「本当ですわ。ハイドランジア様、急ぎましょう!」
ヴィオレットはハイドランジアの手を握って急かす。
別に、礼拝堂へは転移魔法を使えばいいだけの話。しかし、手を引くヴィオレットが愛らしかったので、指摘せずに一緒に走った。
◇◇◇
亡きシランの代わりに、ヴィオレットの兄が父親役を務める。
赤い絨毯を、一緒に歩いてきていた。
参列席で、なぜか国王が号泣している。マグノリア王子は呆れた表情をしつつ、ハンカチを差し出していた。
クインスも発見した。感極まった様子で、ハイドランジアを見つめている。気持ち悪いから凝視するなと言いたくなった。
ポメラニアンはちゃっかり、父親の席に座っていて、噴き出しそうになってしまった。
いつ、父親になったのかと、突っ込みたかったが我慢だ。
母親の席には竜の子が鎮座していて、そうじゃないと指摘したくなる。
と、参列席に心の中で突っ込みを入れている間に、ヴィオレットはハイドランジアのもとへたどり着く。
手を差し出すと、ヴィオレットはそっと指先を添えてくれた。
二人は神の代理人の前に並び、永遠の愛を誓った。
最後に、口付けをして契約を封じる。
ハイドランジアはヴィオレットの肩に手を添え、唇にそっと口寄せた。
ワッと、喝采が起こる。
こうして、ハイドランジアとヴィオレットは真なる夫婦となった。




