反省エルフは求婚をやり直す
その後、ハイドランジアとヴィオレットは結婚式を挙げることとなった。
ハイドランジアは使い魔の猫と入籍するという噂が出回ったため、それを否定するためでもある。
「まったく、クインスのせいでとんでもない目に遭った」
「副官様のせいではなく、ハイドランジア様が、余裕のない様子で魔法師団の廊下を走ったからではなくて?」
「まあ、それも原因の一つだろうが」
「そもそも、職場で求婚するのが悪いのです。普通は、もっとロマンチックな場所でするのではなくて?」
「そう、だったな。まったく、頭になかった。すまない」
シュンとうな垂れていると、ヴィオレットが淡く微笑んで手の甲に指先を重ねる。
「ハイドランジア様、やり直すことは可能ですわ」
「だったら――今から、いいだろうか?」
「今、ですの?」
「転移魔法を使う」
ヴィオレットを横抱きにし、ハイドランジアは転移魔法を発動させた。
移動した先は――妖精界への扉がある花畑。
森に囲まれた中、陽光がスポットライトのように当たり、その中にさまざまな種類の花を咲かせている。
「まあ、ここは――!」
「ローダンセ家の当主しか知らない花園だ」
「わたくしを、連れてきていいのですか?」
「当主以外で立ち入ったのは、ヴィーが初めてだ」
そっと、ヴィオレットを花畑に下ろす。
最初は戸惑っていたようだが、しだいに花畑を見つめる瞳がキラキラと輝く。
「なんて、美しい場所なのでしょう」
ヴィオレットがそう呟いた瞬間、パチン、パチンと音が鳴る。
森の中から、気配を感じた。
「ハイドランジア様!」
ヴィオレットは驚き、ハイドランジアの胸に飛び込んでくる。
ぎゅっと抱きしめ、ヴィオレットの匂いをかぎながら、そっと耳元で囁く。
「ヴィー、あれは妖精だ。悪いものではない」
「妖精、ですの?」
「ああ。契約していない妖精のようだ。ヴィーのことを気に入ったから、ああやって接近したのだろう」
ローダンセ公爵家の契約妖精は、基本ハイドランジア以外の前に出てこない。そのため、ヴィオレットは妖精の気配になれていないのだ。
「姿を現すつもりはないようだな」
「そ、そうですの?」
「無視していい」
ハイドランジアの言葉を聞き、ヴィオレットは安堵していたようだ。
いまだ離れる気配がないので、美しい金の巻き毛に指先を絡ませる。なめらかな手触りで、ずっと触れていたいほど心地がいい。
すっと、目の前に赤い薔薇の花が差し出された。ヴィオレットに似合いそうな薔薇である。棘が抜いてあったので、受け取ってヴィオレットの髪に飾った。
ヴィオレットは薔薇に触れ、嬉しそうに頬を赤く染める。
「よく、似合っている」
「本当ですの? 帰って、鏡を確認したいですわ」
ヴィオレットがそう呟くと、さっと目の前に手鏡が差し出された。
ハイドランジアは先ほどから気が利くと思い、手鏡を受け取る。
「んん?」
いったい誰が差し出しているのか。
屋敷からは誰も連れていない。意識した瞬間、すぐ近くに気配を感じた。
「う、うわっ!!」
すぐ近くに、とんでもない妖精が佇んでいた。
普通の妖精ではない。
ハイドランジアよりも身長が大きい、巨大妖精である。
眉が太く、鋭い目に、ぎゅっと結んだ唇。顔は厳ついとしかいいようがない。
筋肉が盛り上がった腕に、厚い胸板、太い腿、髪のない頭部より触覚のような物が二本生えていた。先端には、ほわほわの毛玉のような物がついており、楽しげに揺れている。
背には、蝶のような美しい翅を持っていた。
胸に薔薇を咲かせた、ふんわりとした薄い絹織物シフォンの腿丈ドレスが、風によってふよふよと揺れている。
「なんだ、あれは!」
ただの女装した中年親父にしか見えない。ハイドランジアはヴィオレットを強く抱きしめ、マントに包んで隠した。
「ハイドランジア様、今のは、花の妖精ではなくて?」
「ただの変態だろうが!」
「妖精は性別がないので、あのような姿で現れても、不思議ではありませんわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ。わたくし、カナリア姫とお付き合いする前に、妖精の本を調べましたの。花の妖精は妖精族の中でも高位の存在で、清い心を持つ者の前にしか、現れないようで」
「ふ、ふむ、そうか」
高位妖精であれば、敬意を示さなければならない。
ハイドランジアはヴィオレットを離し、会釈する。
「はじめてお目にかかる。私はローダンセ家の当主、ハイドランジアだ。こちらは、妻となる女性、ヴィオレット」
『あたくしは薔薇の妖精、ロゼッタ。お目にかかれて、光栄です』
声は野太い中年親父そのものである。
無性別とはいえ、なぜこのような姿形で爆誕してしまったのか。ハイドランジアは生命の神秘について、心の中で首を傾げていた。
『お二方の愛は、とっても心地がいいです。どうぞ、お続けになって』
「……」
そう言って、キラキラした邪気のない瞳を向けてくる。見た目は中年親父そのものなので、なかなかパンチが効いていた。
どうやら、ハイドランジアとヴィオレットの仲睦まじい様子に感激して、姿を現したようだ。
『あたくし独りでは、ありません。みなさーん!』
ロゼットがそう叫ぶと、森のほうからゾロゾロと花の妖精が姿を現した。
ざっと、三十体以上いるだろうか。
さまざまな花を胸に咲かせたドレスをまとう中年親父――ではなく、花の妖精が姿を現した。
『さあ、どうぞ。続きを』
「……」
「……」
何もしないで帰るわけにはいかない。そんな圧を感じたハイドランジアは、花の妖精に見守られながら求婚する。
「ヴィー、私と、その、結婚、してくれ」
「え、ええ」
求婚を見届けた瞬間、大量の花びらがぶわりと舞う。
幻想的で美しい光景だったが、周囲にいる花の妖精の存在感が景色に浸らせてくれない。
求婚はもう一度やり直しだなと、ハイドランジアは思った。




