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エルフ公爵は呪われ令嬢をイヤイヤ娶る  作者: 江本マシメサ


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暴走エルフは元嫁に愛を告げる

 ハイドランジアが全力疾走で廊下を駆けて行くので、すれ違う者達はギョッとしていた。

 本人は周囲の視線などまったく気にせず、ヴィオレットのことしか頭になかった。

 猫の姿でも、人の姿でも、あのように愛らしい娘は他にいない。誰かに見つかって、連れ去られてしまったら、その相手を亡き者にするしかない。

 そんな恐ろしいことを考えつつ、ハイドランジアはヴィオレットが逃げ込んだ中庭に向かっていた。


 外は暗くなりつつある。

 月が空に顔を覗かせ、中庭の結晶花が淡い発光を放っていた。


「ヴィー!」


 だいたいの居場所はわかっていたが、追い詰めるのはよくない。

 そう思って、名前を呼んで探すふりをするだけにしておく。


 ガサガサと、草木をかき分ける音をハイドランジアの尖った耳は拾っていた。


「ヴィー、話がしたい」


 もう一度、ガサガサと聞こえる。先ほど聞こえた場所と、そう変わらない。

 ヴィオレットは逃げているというより、出て行くか、行かないかを迷っているように思えた。


 ハイドランジアはゆっくり接近し、声をかける。


「ヴィー、そこに、いるのだな」

『……』

「そのまま、聞いてくれ」


 ヴィオレットまでの距離は、一メトルくらいか。姿は見えないが、気配は確かに感じる。

 ハイドランジアはその場に片膝を突き、ヴィオレットに語りかけた。


「私は今まで、結婚など、必要ないと考えていた。ローダンセ家は、別に直系男子が引き継ぐ必要はない。一族の者から、優秀な者を指名すればいいと、考えていた」


 ハイドランジアの地位と財産しか見ていない女性に失望し、結婚なんてくだらないと考えていたのだ。


「けれど、そうも言っていられなくなった。周囲からの圧がとんでもないことになって――それで、縁があったノースポール家の娘であるヴィーを娶ろうと思ったのだ」


 長年、名ばかりの婚約者であったのに、一度も接触してこなかった。

 きっと結婚しても、大人しくしているだろう。そう思っていたのに、ヴィオレットは想像していた女性ではなかったのだ。


「第一印象は――……」


 元気よくやってきて、エルフであるハイドランジアに興味津々な視線を向けている姿が印象的だった。

 それは純粋な好奇心で、嫌な感じは一切なかったのだ。


「私の苦手な派手な美人で、絶対気が合わないだろうと思った。よく社交界で見かける、主張が激しい女だとも。けれど、ヴィーはそうではなかった」


 魔法に興味を示し、ハイドランジアには尊敬の眼差しを向けていた。

 悪い気はしなかった。

 魔法を教えることを条件に、契約結婚をすればいい。そう思っていた矢先に、とんでもないことが明らかとなる。

 ヴィオレットは異性に触れると、猫になる呪いがかかっていたのだ。


「私は、その、気付いていると思うが、大の猫好きで――愛らしい姿に、猫の妻とか最高ではないか、と思っていた」


 ここで初めて、ヴィオレットは言葉を返す。


『やはり、わたくしが猫だから、結婚しましたのね。今も、大好きな猫の姿になれるから、求婚なさったのでしょう?』

「それは違う!」


 一時期は、ハイドランジアもヴィオレットは猫の姿に変わる呪いがあるから、好意を抱いているのだと思っていた。


「ヴィーは、人の姿のときも、とびきり愛らしかった」


 ハイドランジアの帰りを待ち、杖を抱きしめて待っていた姿は、悶えるほど可愛かった。

 魔法を教えると言ったら嬉しそうに駆け寄ってきたり、働きづめのハイドランジアを心配したり、朝食の席で笑顔で会話に応じてくれる姿だったり――好ましい点をあげるとキリがない。


「猫の姿と人間の姿、どちらか選べと言われたら、私は人の姿のヴィーを選ぶだろう。そうでないと、共に並んで人生を歩むことはできない。ヴィオレット、どうか、今一度、私との結婚を考えてくれ。ただ、強要するわけではない。ヴィーが嫌だというのであれば、ヴィーの幸せのために、私は身を引こう」


 最後の言葉は、震えてしまった。

 ヴィオレットのいない人生など、ハイドランジアには考えられない。

 けれど、それはハイドランジアの勝手な都合だ。

 ヴィオレットの幸せを考えたら、結婚なんてすべきではないのだ。


 ハイドランジアは不思議に思う。

 他人の幸せを考える日がきたのかと。


 今まで、苦難の人生を歩んできたのだ。ヴィオレットには、世界一幸せになってほしい。

 それが、ハイドランジアの願いである。


 ヴィオレットはでてこない。

 ハイドランジアは立ち上がり、この場から去ろうとした。


『ハイドランジア様!!』


 ヴィオレットが弾丸のように飛び出してきて、ヒシッとハイドランジアの足下にすがりつく。


「ヴィー!」

『わ、わたくしを置いて、行かないで、くださいまし!』

「ヴィー、それは、どういう意味なのか?」

『わたくしも、ハイドランジア様のことを、お慕い、しております』

「ヴィー!!」


 ハイドランジアはすぐさまヴィオレットを抱き上げ、頬ずりした。


「ヴィオレット、愛している。結婚しよう」

『……』

「ヴィー、どうしたのだ?」


 胸に抱くヴィオレットの体が、固くなっていた。

 ハイドランジアは背後に気配を感じ、振り返る。そこには、クインス率いる、魔法師団の団員達が集まっていた。



「お、お前らは、そこで、何をしているのだ!?」

「あの、閣下が血相を変えて、中庭に向かっているとお聞きしたものですから、何か、事件かな、と……」


 クインスは赤面し、視線をそっと逸らす。

 どうやら、熱烈な愛の告白を、聞かれてしまったようだ。


「す、すみません閣下、猫々時間にゃんにゃんタイムの邪魔をしてしまって」


 クインスは解散を言い渡し、自身も走り去る。


 ハイドランジアは猫に熱く求愛する、変態認定を受けてしまった。

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