追及エルフとどうしてそうなった問題
悪徳商人と名高いトリトマ・セルシアは、他国より工業製品から生活雑貨までありとあらゆる物を輸入する貿易商である。
その昔、質の悪い製品を最高級品と騙して販売し、それが露見して悪評が一気に広まった。もちろん、トリトマは国の法で裁かれ、禁固十年の刑期を終えた。
現在は心を入れ替え、まっとうな商売をしているらしい。ただ、昔の評判を知る者から「悪徳商人」だと後ろ指を指されているようだ。
トリトマは現在四十七歳、独身である。愛人や子どもは何人かいるようだが、正式な妻はいない。
後継者に商会を継がせるということは考えていないようで、自由気ままに商売をしているのだとか。
ただ、性根は変わらないようで、法に引っかからないギリギリのあくどい商売をしているようだ。
そんな報告書を見て、ハイドランジアは頭が痛くなる。
噂にたがわぬ、問題だらけの人物だった。
とりあえず、ノースポール伯爵に面会したいという旨を書いた手紙を送り、一度話し合うことにした。
◇◇◇
ハイドランジアの受難は、ノースポール伯爵家が抱えるものだけではなかった。
ヴィオレットとの婚約を公表したところ、考え直してくれないかという手紙が山のように届いたのだ。
中でも、王弟であるシャムロックは娘と結婚させたかったようで、猛烈に反対してきた。
シャムロック王子の子はまだ七歳。結婚できる年齢ではない。あと十年待ってくれと乞われるが、丁重にお断りをする。
行く先々で、婚約破棄するように言われるのはかなりの苦痛だ。一刻も早く結婚しないと、という思いに駆られる。
だが、ノースポール伯爵家の問題が、それを阻む。
訪問はいつでもいいとあったので、早速仕事が終わったあと、事情を聞きに行くことにした。
ノースポール伯爵は恐縮しきったような表情で、ハイドランジアを迎える。
「すみません、公爵様直々にご足労いただくなんて」
「別に、気にするな。転移魔法を使っているから、一瞬だ」
「しかし、高位魔法は魔力を大きく消費すると聞きますので」
「気にするな」
どうやら、魔法についての初歩的な知識は叩き込まれているらしい。
このように魔法が使えない者が、魔法を使える者に気を遣うことは稀だ。
「心遣いに感謝する」
「いえ、妹が、言っていたもので」
「ヴィオレット嬢が、か?」
「はい。昔から、魔法に関する興味は人一倍で、父に隠れて魔法書などを読んでいたようです」
「なるほど」
この前会った時、今すぐにでも魔法を習いたいといった勢いだった。猫の姿で走ってきて、念入りに確認する様子を思い出し、口元を緩ませる。
「あの、薪も、ありがとうございました。おかげさまで、夜はよく眠れます」
「また、届けさせよう」
「い、いえ、そこまで甘えるわけには」
「別に薪を買うくらい、どうってことない金額だ」
そんな話をしていると、執事が茶を持ってくる。急いで準備したのか、額に汗が浮かんでいた。使用人が少ないので、一人で出迎え、案内し、茶を淹れるということをこなしていたのだろう。ご苦労なことだと思いながら、茶を飲む。香りなどまったくない、薄い茶だった。
いつ本題を切り出そうかと考えていたら、先にノースポール伯爵が話しかけてくる。
「あの、実は、今日は私のほうからも、話がありまして……」
ノースポール伯爵は目を潤ませながら、話し始める。
「妹、ヴィオレットの持参金と嫁入り道具についてなのですが」
「ほう?」
生活に必要な品は、すでに揃えてある。しかし、一応聞いてみることにした。
「父は一応、持参金を用意していたようですが──」
ノースポール伯爵は額に汗を浮かべ、さらにぽたぽたと雨のように滴らせていた。異常な発汗である。顔色も悪く、心配になった。
「どうした? 持参金を盗まれでもしたのか?」
「い、いいえ、そうではなく……」
もう一つの推測を言っていいものか。迷ったが、ノースポール伯爵が言うのを待つのは時間の無駄だ。遠慮なんてせずに、聞いてみた。
「だったら、悪徳商人にでも、奪われたのか?」
「!」
ノースポール伯爵は目を見開き、わなわなと震えだす。
やはり、正解のようだ。
持参金まで差し出さなければならない事態とは、いったいどういう状況なのか。呆れてしまう。
「なぜ、そんなことをする? 妹が、可愛くないのか? いっておくが、持参金が欲しいから、このようなことを言うのではない」
金なら掃いて捨てるほどある。
ただ、ノースポール伯爵がどうして妹の持参金にまで手を付けなければならない事態に陥ったのか聞きたかったのだ。
「そ、その、ど、どうしようもない事態、でして」
「どうしようもない事態とは、具体的にどういうことなのだ?」
「そ、それは……」
再び、ノースポール伯爵は口を閉ざす。
「言えないのならば、言わせてやる」
ハイドランジアはノースポール伯爵に手を翳し、呪文を唱えた。精神に干渉し、自白をさせる魔法である。
「言え、言わないと、苦しむことになる」
「がっ……!!」
自白魔法は、問われたことの真実を話さなければ、どんどん相手を苦しめるものだ。
指揮者のように指を動かし、呪文を唱えると術式が展開し魔法が発現される。水晶杖を使うまでもない、単純な魔法だ。
自白魔法をかけられたノースポール伯爵は首を押さえ、白目を剥いている。
「お前はなぜ、妹の持参金をトリトマ・セルシアに渡した?」
「はっ……くっ……ううっ……!!」
この魔法を罪人以外に使ったのは初めてである。魔法書には、すぐさま口にしないと血を吐くほどの苦しみを味わうと書いてあった。
しかし、ノースポール伯爵は十秒、二十秒、三十秒と経っても話そうとしない。
彼は究極の頑固者のようだった。
「もう一度問う。ノースポール伯爵、貴殿はなぜ、持参金を」
「もう止めて! お兄様を、苦しませないで!」
バン! と扉が開かれる。客間に入ってきたのは、ヴィオレットだった。