元嫁は、妖精姫と魔力吸収装置が完成させる
カナリア姫が研究を行っていた、『魔力過剰病』については、すぐにハイドランジアが許可を出す。予算も出してくれるようだ。
「この妖精の涙を核として、魔力を吸収できないものかと考えているのですが」
妖精の涙は魔力を吸収する器となりえるのだという。しかし、魔力をどうやって流すかが問題だ。
ヴィオレットは以前ハイドランジアから聞いた、結界花の魔方式が使えるのではないかと助言する。
「結界花、ですか?」
「ええ。月夜の光を受けて開花する花で、受けた魔力を国の結界に送っているのです」
「まあ、素晴らしいです!!」
結界花はローダンセ公爵家の初代が作った物で、資料や研究書が多く残されている。
応用できないか、カナリア姫とヴィオレットは書物を読み込む。
ああではない、こうではないと話し合った結果、完璧なものではないものの、試作品一号が仕上がった。
妖精の涙と結晶花を融合させた、飴玉のような小さな球体を飲む。すると、体内で受け止めきれなかった魔力を、球体が吸収すると。
カナリア姫はこれを、『妖精の雫』と名付けた。
「大きな問題は、どうやって試すか、ということなのですが。被験者を捜さないといけないですね」
約一名、被験者となれる者の顔が、ヴィオレットの脳裏を過った。ハイドランジアである。
誰かが試さないと、いけないのだ。ヴィオレットは被験者に心当たりがあることを、カナリア姫に伝える。
「あ、あの、一回、こちらをローダンセ師団長へお見せしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
「では、拝借して」
ヴィオレットが研究室から出ると、ポメラニアンと竜の子、スノウワイトも続く。
妖精の雫と魔方式が書かれた書物を持ち、ハイドランジアのもとへと向かった。
執務室には、仕事を終えて一息つくハイドランジアの姿があった。副官のクインスは、会議に出かけていて不在だという。
「ヴィー、どうかしたのか?」
「あの、魔力過剰病の患者用の、魔力吸収装置が完成しまして」
「ほう?」
ヴィオレットは胸に抱いていた書物と妖精の雫の実物を、そのままハイドランジアへと手渡した。
「ふむ、これは――すごいな。たった一ヶ月で仕上げるとは」
基礎をカナリア姫が作っていたから、組み立ては簡単だったのだ。
あとは、豊富な予算をハイドランジアが用意してくれたおかげだろう。
「ただ、気になる点がある。この、吸収した魔力を管理する魔方式だが」
基本、妖精の雫の中に、ずっと溜めておくのではない。ある程度溜まったら、外に排出されるようになっている。
「排出した魔力は、どこにいく?」
「害にならない程度に、外に出すと伺っていたのですが」
「この魔方式を解くと、ある一定の場所に向かうようになっているぞ?」
その辺はカナリア姫が担当した部分である。ヴィオレットは、ただ害にならないように排出されるとしか聞いていなかった。
ハイドランジアが書類の裏に、カナリア姫の魔方式を解いたものを書いていく。
それを見て、ヴィオレットはハッとなった。
排出した魔力はハイドランジアの言う通り、一定の場所に転送されるようになっていた。
「まあ、本当ですわ」
ヴィオレットは言葉を失う。毎日何度も見ているつもりだったのに、隠された魔法に気付いていなかったのだ。
カナリア姫の魔方式は、独自の暗号を用いた省略術が使われていたようだ。
ただ読み込んだだけでは、気付かないように細工もされているという。
「よく、お気づきになられましたね」
「似たような暗号が、過去に使われていたからな。偶然、その辺の研究書を読み込んでいたから、気付いただけだ」
「さすが、ハイドランジア様です」
珍しくヴィオレットが褒めたので、ハイドランジアは満更でもない様子でいる。
長いエルフの耳の先が、ほんのり赤く染まっていた。
「しかし、魔力過剰病の患者の排出した魔力を、どこに向かわせるようにしていたのでしょう?」
「少し待て。それも、解析してみよう」
ハイドランジアは目にも止まらぬ速さで、カナリア姫の魔方式を解体していく。
書類にびっしりと文字を書き込み、別の紙に地図のようなものを描いていく。
完成したのは――カナリア姫が住まう離宮への道のりだった。
「ヴィー、カナリア姫は、自らの住処に魔力を集めようとしている」
「みたいですわね」
魔力を集めて、いったい何を企んでいるのか。
「カナリア姫は、研究室にいるのか?」
「ええ」
「だったら、今から離宮に行って、調べにゆくぞ」
ハイドランジアはヴィオレットへ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、転移魔法が発動した。




