元嫁は、自作の魔道具を発表する
カナリア姫とヴィオレットは、たった一週間で魔道具を完成させ、ハイドランジアを驚かせた。
「まさか、ここまで早いとは」
「自信作ですの」
「では、見せてもらおうか」
カナリア姫は緊張しているようで、胸に手を当てて深呼吸していた。
昨晩、夜遅くまで発表の練習をしたのだ。きっと大丈夫だろう。ヴィオレットは視線で応援する。
ポメラニアンは、興味がないのか部屋の隅で腹を見せながら眠っていた。
「では、ご紹介します」
「ああ」
「私が作ったのは、こちらです」
被せていた布を取り去る。
カナリア姫が作ったのは、自動紅茶器。茶葉と砂糖、ミルクなど用意するだけで、自動でおいしい茶を淹れてくれるという。
見た目は、蒸留器に似ていた。細長い二つの筒が管で繋がっていて、片方には注ぎ口がある。
一つ目の蓋を開くと、四つに区切られた容器に茶葉と砂糖、ミルクが入っていた。
「ん、水はどうするのだ?」
「起動させると、水の魔石から作るようになっています。水の魔石一つで、約百杯飲めるかと」
「なるほどな」
まず、蓋に刻まれた呪文を指先でさする。魔道具の前に、二つの魔法陣がテーブルに浮かんだ。
「右のほうには、ソーサーとティーカップ置きます。もう片方は、紅茶の好みを入力する魔法陣となっております」
紅茶は濃いほうがいいのか、薄いほうがいいのか。渋いほうがいいのか、さっぱりしているほうがいいのか。砂糖は入れるか、ミルクはどうするか、など、こまかく好みを指定できるとカナリア姫は誇らしげに語る。
「こちらの好みは記憶され、次回からはお気に入りの文字を押したら自動で作るようになっております。忙しくて入力なんてする暇がないというお方も、オススメの文字を押したら、スタンダードな紅茶を淹れてくれます」
「ふむ。便利だな」
「はい」
ハイドランジアは自動紅茶器を試すようで、カナリア姫が用意したカップとソーサーを魔法陣の上に置いた。
そして、事細かな好みを魔法陣に入力していく。最後に、完了を押したら、すぐに紅茶は作られる。
十秒ほどで注ぎ口が傾き、カップにアツアツの紅茶が注がれた。
「これは!」
かなり、衝撃的な発明である。使用人に茶を淹れるように命じても、早くて十五分ほどかかる。だがこれは、たった十秒で紅茶を淹れることができるのだ。
「しかし、いくら早くても、不味かったら意味がない」
「どうぞ、召し上がってみてください」
「ふむ。では、いただこう」
ハイドランジアは優雅に茶器を持ち上げ、紅茶を音もなく飲んだ。
「こ、これは……美味い!」
「お口に合ったようで、幸いです」
自動紅茶器の機能はこれだけではない。
おいしい紅茶が十秒で飲めるだけでなく、自動洗浄機能も付いているのだ。
一回作るごとに、自動紅茶器の中は洗浄される。潔癖症にもうれしい機能だった。
「閣下、いかがでしょうか?」
「これは、文句のつけようもない、すばらしい発明だ。合格としか言いようがない」
カナリア姫は頬を染め、瞳を涙で濡らす。
この一週間、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。感慨深いのだろう。隣に座るヴィオレットまでも、胸が熱くなった。
「合格だ」
「まあ、本当ですか!?」
「嘘を言うか」
「ああ、夢のようです。私が、魔法師団で働けるなんて。ありがとうございます。頑張ります」
見事、カナリア姫は合格となった。
ヴィオレットは自分のことのように喜んでいたが、発表する順番が回ってきてしまった。
「では、ヴィオレット。何を作ったのか、私に教えてくれ」
「え、ええ」
ヴィオレットは、自身が発明した魔道具にかけてあった布を取り外す。
猫型のパネルを披露した。
「かわいい……! ではなく、おい、これは、なんなのだ?」
「猫探査器ですわ」
「猫、探査器、だと!?」
「ええ。こちらを起動させると、王都全体の地図が出て参ります。赤く光っている部分に、猫ちゃんがいらっしゃるのです」
「な、なるほど」
ヴィオレットは周囲の人々に、どんな動物に癒やされるか聞き回った。その結果、猫を見ると心が安らぐと答えた者が大半だったのだ。
「む、王城にいるひときわ大きな赤い光はなんなのだ?」
「おそらく、スノウワイトかと」
「ああ、そうか。すごいな、これは。どういう仕組みなのか?」
「猫が持つ特有の魔力を察知する魔法式が組み込まれていますの。スノウワイトが、発明に手を貸してくれたので、作ることができました」
「すばらしい発明だ。しかし、これが本当に、猫を探査できるか確認する必要がある」
「では、今から街に猫ちゃんを探しにいきましょうか」
「承知した」
カナリア姫を護衛とポメラニアンに託し、ヴィオレットとハイドランジアは街に出かける。
こうして、ハイドランジアと二人並んで歩くのは初めてである。
新鮮な気持ちでいたが、ふとあることに気づいた。
街中で、ハイドランジアは大変目立っていたのだ。
「ハイドランジア様、注目を浴びていますわ」
「慣れている。今日はヴィーがいるから、余計に見られているのだ」
「わたくし、何かおかしなところはありまして?」
スノウワイトや竜の子は連れていない。それなのになぜ、注目を浴びているのか。
「ヴィーが、その、美人……だからだろう」
「まあ! そんなこと、初めて言われましたわ」
ハイドランジアはあまり他人を褒め慣れていないのだろう。耳の端を真っ赤に染めていた。
ヴィオレットは可愛いところもあるのだと、じっと眺める。
「おお、ヴィー、猫の反応があったぞ」
「向かいましょう」
猫の探査器は王城の庭で試したが、確かな効果はあった。赤く光っている場所に、かならず猫はいたのだ。
「ヴィー、あっちだ」
「ええ!」
小走りで向かった先にいたのは――酔っ払った中年男性だった。
ハイドランジアは叫ぶ。
「猫ちゃん……ではない!!」
「ハイドランジア様、奥に猫ちゃんがいますわ」
「いた!!」
猫の探査器ではなく、中年男性探査器を作ってしまったのかと思ったが、きちんと猫はいた。
ふわふわな毛並みの、黒猫だった。
ハイドランジアは捕獲を試みるも、逃げられてしまった。
がっかりと肩を落とすハイドランジアに、ヴィオレットはそっと囁く。
「ハイドランジア様、夜、わたくしが猫になりますので、それで我慢してくださいまし」
「ヴィー、ありがとう」
その一言がよかったのか、ヴィオレットも無事に合格をもらった。




