元嫁は妖精姫と魔法師団入団の課題に挑戦する
ハイドランジアがヴィオレットとカナリア姫に出した、魔法師団入団の課題は魔道具作りだった。
テーマは、生活に必要な物。
既存の魔道具でも、新しい魔道具でも、なんでも構わない。暮らしに寄り添った品を材料集めから製作まで行い、持ってくるようにということだった。
「暮らしに寄り添う品、ですか」
カナリア姫は副官クインスから課題を聞いたあと、眉尻を下げながら呟く。
既存作品の真似も許可するという、一見簡単そうに思える課題だ。しかし、何をするにも使用人任せな姫君カナリアにとってはあまりピンとくるものではない。
「ヴィオレットさん、生活に不可欠なものとは、なんでしょうか?」
「今、目に見えているものすべてだと思います」
ドレスに髪飾り、ティーカップやポットなどの茶器、カーテン、ハンカチなど。
「この品物がなくなったら、暮らしていけないという物を、さらに便利に使えるように考えるとよいのかもしれませんわ」
「ああ、そう考えたら、いろいろと思い浮かびそうです!」
カナリア姫の表情がパッと明るくなる。
「何を作りましょうか。なんだか、ドキドキしますね」
「そうですわね」
ヴィオレットににっこり微笑みかけてくるカナリア姫は、天真爛漫。穢れを知らぬ可憐な姫君、といったところである。
そんなカナリア姫を、ハイドランジアは「邪悪」と言った。本当にそうなのだろうか? ヴィオレットは気を抜かないようにする。
「ふふ、それにしても、ヴィオレットさんのお友達は、みなさん大人しいのですね」
ヴィオレットのお友達というのは、ポメラニアンにスノウワイト、竜の子である。
カナリア姫の気が荒れたら、撫でさせて大人しくさせようという狙いがあるのだ。
スノウワイトは成獣となり、馬と同じくらいの大きさまで成長していた。部屋にいるだけで、圧がとんでもないことになっている。
カナリア姫は怖がらないかと心配していたが、取り越し苦労だった。大きなスノウワイトを見て、瞳を潤ませて喜んでいたのだ。
今までスノウワイトは、初対面の者に触れさせることはなかった。しかし、カナリア姫にはすぐに触れることを許していた。
竜の子は相変わらず人懐っこい。
ポメラニアンはすぐさま腹を見せ、撫でるようにと示す。カナリア姫は大精霊と知らず、ポメラニアンを撫で回していた。
「では、ヴィオレットさん。魔道具の設計図作りをいたしましょうか」
「ええ、そうですわね」
羊皮紙を広げ、羽根ペンとインク壺を用意する。ドレスにインクが飛ばないよう、エプロンも用意した。
ヴィオレットはまっさらな羊皮紙を前に、腕組みして考える。
生活に必要な物とはなんなのか。
ヴィオレットもカナリア姫同様、日常のことは使用人任せだ。普段から、あれがあったらいいなとか、思う機会は滅多に訪れない。
「うーん、難しいですね」
「ええ」
ハイドランジアはカナリア姫とヴィオレットがこうなるとわかっていて、出したに違いない。
聞いたときはなんとも思わなかったが、いざ考えるとなると頭の中はまっしろだった。
「どうしたら、思いつくのでしょうか?」
「実際に、使用人抜きで一日過ごしてみるとか、いかがでしょうか?」
「それは、いい考えですね!」
そんなわけで、カナリア姫とヴィオレットは一日、使用人の手を借りないで過ごしてみることにした。
まず、紅茶を淹れる。いつも、カナリア姫は侍女か妖精が淹れた茶を飲んでいた。
初めて、自分で紅茶を淹れてみるようだ。一通りヴィオレットが淹れ方を教えた。
「まずは、お湯を沸かすのですね」
カナリア姫はこの日、人生で初めて厨房に立った。
心配そうな使用人らの視線が向けられる。
「えーっと、ヴィオレットさん。お水は、どこから湧いているのでしょうか」
そこから教えなければならなかったのだと、ヴィオレットは驚く。
カナリア姫はヴィオレット以上の箱入り娘だった。
ただ、紅茶を淹れるだけで一時間半もかかってしまった。
カナリア姫はぐったりしている。
「こんなに紅茶を淹れるのが大変だなんて、思いませんでした。それに、ただ手順に則って淹れるだけなのに、おいしくないなんて」
カナリア姫の淹れたお茶は、作業に手間取ったからか渋く、苦みが強かった。
苦労して淹れた茶が残念な仕上がりだったので、カナリア姫は余計に脱力してしまった。
「ですが、おかげさまで一つ、魔道具の着想が湧きました」
「紅茶をおいしく淹れる魔道具ですか?」
「ええ。まだ着想が湧いただけで、どのような仕組みにするかはわかりませんが」
そのあと、昼食の支度をする。
オムレツとスープを作る予定だったが、卵を割ることすらできず、カナリア姫は泣いてしまった。
「このように難しいことを、料理人は毎日しているのですね……!」
「いえ、慣れたらそこまで苦労はなさらないかと」
ここでも、カナリア姫は新たな着想を得る。自動卵割り器を思いついたのだ。
「これがあれば、調理時間はぐっと短縮できるはずです」
「ええ、そうですね」
午後からはクッキーを焼くことにした。
もちろん、カナリア姫は盛大に苦労する。
「はあ、はあ、はあ……!」
生地を混ぜるだけなのに、カナリア姫は息切れを起こしていたのだ。
途中、貧血を起こし、倒れそうにもなる。
「みなさま、クッキーを命がけで、作っていますのね」
「普通の料理人は、そこまで疲れることはないかと」
カナリア姫は、クッキー作りで失神しないよう、自動クッキー器を作りたいと呟く。
ちょっと使用人の仕事をしただけで、いくつも着想を得ることができた。




